vol.3「学会で知り合った2人が、広島大学でともに研究を。」

「『牛の乳房炎』研究を通じて知り合い、いま同じ研究室に。」

磯部 直樹
磯部 直樹
イソベ ナオキ
家畜生体機構学研究室 教授
1996年8月1日〜2005年3月31日
広島大学大学院国際協力研究科 助手
2005年4月1日〜2007年3月31日
広島大学大学院生物圏科学研究科/生物生産学部 助教授
2007年4月1日〜2020年3月31日
広島大学大学院生物圏科学研究科/生物生産学部 准教授
2020年4月1日〜
広島大学大学院統合生命科学研究科/生物生産学部 教授

磯部先生:対談企画「研究人」で、我々が取り組んでいる研究について、改めて語り合う場をいただきましたので、今日はよろしくお願いします。

鈴木さん:はい、よろしくお願いします。

磯部先生:鈴木先生とは以前から、『牛の乳房炎』に関する学会や勉強会で顔を合わせていたので、この春からうちの研究室の大学院に入って来てくださってからも、そのまま鈴木先生と呼んでいるんですよね(笑)。

鈴木さん:そうですね(笑)。学会等でお会いする頻度が高くなって、お話を重ねるうちに、磯部先生からご提案をいただいたのが、ぼくが社会人大学院生になるきっかけですから。ぼく自身、大学卒業後に臨床に行きたいという気持ちと、またそれと同じくらい、『研究がしたい』という思いがあったので、先生から、「じゃあ、うちで研究してみるのはどう?」というご提案を、勤務先の『広島県農業共済組合(以下「NOSAI広島」という。)』を通じていただいたときは、本当にうれしかったですね。

磯部先生:わたしのほうこそ、こうして同じ研究室で、一緒に研究する時間を持てる間柄になれたことをとてもうれしく思っているんですよ。鈴木先生は、普段は牛の診療に従事していて、土日に時間をつくって、広島大学にやってくるという、随分ハードな学生生活を送られていますが、これまでのところ、どうですか?

鈴木さん:そうですね~(笑)。でも、ひとがやってない時間にやらなきゃいけないっていう、それだけですよ。うちの診療所は1年365日開けてるので、土日も仕事があったりしますから、当番に入んなきゃいけない日は仕事に行って、当番がない土日は、基本的には大学に。

鈴木 直樹
鈴木 直樹
スズキ ナオキ
技師(臨床獣医師)
2014年3月31日
北里大学獣医学部獣医学科 卒業
2014年4月1日~
広島県農業共済組合勤務 技師(臨床獣医師)
2018年4月1日~
広島大学大学院生物圏科学研究科 博士課程後期 学生

磯部先生:仕事場も遠くて、大学までは片道1 時間かかるでしょう!?ホントに、よく頑張ってるなと思いますよ。

鈴木さん:まだまだ先は長いですからね。そこでぼくは、大学の長期履修制度(※1)を利用させていただくことにしています。

磯部先生:なかなか3年では学位が取れないというときに、少し延長してやってもいいですよっていう制度ですね。そうしたサポート制度で、広島大学としても、先生の頑張りを応援していますから、ぜひ研究を続けていっていただきたいと思います。

鈴木さん:はい。頑張ります。NOSAI広島にいる、ぼくのまわりの方々にも、いろいろと協力してもらっていて、それもありがたいなと思っています。

磯部先生:NOSAIと言えば、鈴木先生の所属されているNOSAI広島には東広島家畜診療所もあって、距離的にも近いのに、いままで何故か、NOSAIの先生と大学の教員とはあまり交わってこなかったですよね!?実はそこがもったいないなとずっと思っていたんですよ。両者が交流することによって、こちらはサンプルを研究用に取らせてもらうことが可能になりますし、逆に、NOSAIの先生は、詳細な分析を大学側に依頼できたりと、ギブ&テイクの関係がうまく成り立つんですよね。ここにきて、なかなかいい関係ができつつあるなという感じですね。お互いに。

鈴木さん:ホントにそうですね(笑)

磯部先生:鈴木先生がうちの大学院に入ってこられたのをいい前例として、他の先生方も入ってきていただければ光栄です。鈴木先生はたまたま乳房炎に興味があって、うちの研究室に来られた訳ですけど、他にも、えさの消化や代謝のほうに興味があるというなら、家畜飼養学研究室に入ればいいし。そういう風に、先生の興味がある分野で勉強したいと思われれば、広島大学には、それに応えられる、いろいろな研究室がありますから。

「なぜ『牛の乳房炎』を研究するのか。研究者は意外と少ない。」

磯部先生:さて、まずは、研究の概要について語っていきましょう。そもそも何ゆえに、『牛の乳房炎』という非常に珍しい分野を研究対象としているのかということから…。

鈴木さん:はい。磯部先生のほうからお願いします。

磯部先生:一時期、日本全体で牛乳が不足になって、バターがスーパーから無くなっていったという事態が起きました。その理由は、牛乳の生産量が落ちたことだったんですが、その原因としては、その頃、搾乳頭数、乳牛の数自体が減ってきてたというのもあるし、一頭あたりの乳量も減っていたりとか、乳は出すんだけれども、品質の悪い牛乳が出たりだとか、そういったことで総合的に乳量が減った、生産量が減ったということになったんですよね。
そうした事態になることの一因が、乳房が病気になることで、外から細菌が入ることによって、中で感染を起こして炎症が起きるという、『乳房炎』というのは、そういう病気なんですよね。

鈴木さん:乳房炎が起こると、とにかく乳量が減って、乳質が悪くなって、牛が乳を出しても出荷できない状態になる。そういう非常に悪い病気なんですけど、これがめちゃくちゃ起きてしまう。

磯部先生:ホントにめちゃくちゃ起きるんですね。必ず、どこの農家にも1~2割はそういう牛がいるっていうぐらい、どこの農家でも頻発するような。乳房炎というのは昔からあって、どんなに努力しても全然減らない。そういう病気だから、これをとにかく予防して、なったらすぐに治療するっていうのがすっごい大事なんですよね。しかし、これを研究しているひとが少ないんですね、日本では。こんなに重要な病気なのに。

鈴木さん:本当に、そうですよね。

磯部先生:ということで、わたしは2005年に家畜生体機構学研究室に入ってきてから、この研究を始めました。初めはとりあえず牛を使って、どういう研究をしていこうかなと考えたんですけど、この研究室の上司である吉村先生(※2)が、『自然免疫』という分野の研究をされていたんです。吉村先生はニワトリで、わたしは牛と、研究対象となる動物は違うんですが、『牛』と『自然免疫』とを結びつけて、『乳房の自然免疫』というあたりを研究してみようと思った訳です。その分野はまだほとんど研究されてなかったので、これはまだまだやることがあるなと考えたんですね。

鈴木さん:非常にいい出会いだったんですね。

磯部先生:たまたまではあるんですが。以来、わたしは、抗菌ペプチド(※3)とかラクトフェリン(※4)といった自然免疫が、乳房のなかでどのぐらい分泌されていて、牛乳のなかにどのぐらい含まれていて、それが細菌が入ってきて感染するのをどのように防いでいるかという、自然免疫のメカニズムを研究しています。
牛の乳房炎に関する研究をしているひとは多くはないですが、興味を持っているひとは多い。興味を持っているひとの多くが獣医師さんで、研究会に参加されるのも、各県のNOSAIの獣医師の先生がほとんどですよね!?

鈴木さん:そうですね。獣医師は学会などには参加するものの、普段の診療の仕事が忙しいので、なかなか研究ができない。そうした中で、ぼくのように、NOSAIの獣医師が大学院に行くというのは、レアケースだと思います。

磯部先生:鈴木先生の乳房炎研究の切り口はまた別にあるんですよね?

鈴木さん:夏場に乳房炎がたくさん起きるというのは、暑いと牛が感じることによって、身体の中でいろんな変化が起きて、ホルモンバランスの乱れなどが、乳房の免疫機能を下げてしまうんですよ。下げてしまうんで、細菌が入ったときに対応ができずに感染してしまって、炎症が起きるという、そういう流れなんですよね。だから、夏場にそういう免疫機能が悪くなるメカニズムが分かれば…。

磯部先生:夏場でもなんらかの処置をしてやれば、免疫力を強く維持できて、感染にも強くなるだろうという、そういう目標、目的のために、鈴木先生は研究をやっているということですね。

鈴木さん:はい。その通りです。

磯部先生:我々の研究が目指しているところの話をしますとね。牛の乳、牛乳って、一般のひとはスーパーで買って飲むだけですけど、農家の方はその牛乳を生産するのにどれだけ苦労してるか。そういうことが一般のひとに全然見えてこない訳じゃないですか。実際は、農家の方は、乳房炎を起こさないために毎日毎日、器具を衛生的に扱って、細心の注意を払ってる訳です。だけどもやっぱり乳房炎は起きてしまう。起きてしまって、乳が悪くなったら、出荷できないんですよ。せっかく搾ったのに捨ててしまってる。1日に1頭が乳を30ℓぐらい出して、30ℓだったら、1ℓだいたい100円ぐらいで売れるので、ざっと3000円分。1日にそのぐらい捨てているんです。せっかく搾ったのにという、その苦労が報われないまま、「もうしょうがないな」って言いながら捨ててるんですよね。そういう中で、なんとか酪農家のひとたちが搾っている状況がある訳ですよね。

鈴木さん:そうそうそう。割に合わないんですよ、餌代も高くなるばっかりだし。

磯部先生:儲けにならないですよね、はっきり言って。

鈴木さん:ぼくも日々、酪農家さんたちに接していますから、そのご苦労には胸を痛めています。乳房炎には、臨床型と潜在型があって、潜在型の場合は、見ただけでは分からない。これをあぶり出すには、また方法があって。まず、各酪農家さんのところで搾乳した乳を貯めておくバルククーラー内の乳の検査を定期的にするんですよね。この検査で、乳房炎になってるかどうかの指標のひとつである『体細胞数』の数値が上がっていると分かった場合には、次に、酪農家さんが牛の乳房を1本1本検査していくんです。酪農家さんもウン十年やってますから、どの分房が悪そうだっていうのはだいたい分かるんですけど、特殊な試薬を加えたときに初めて分かるというものもある。これば潜在型の乳房炎ですね。中には、味が悪いかどうかで判断するために、いまだに舐めるひともいますけども。そんな風に、その場で酪農家さんが検査をして、それから我々、獣医師に診療依頼があるということですね。

磯部先生:そんな酪農家さんの役に立ちたいというのは、研究の大きな目標としてありますよね。

鈴木さん:はい、もちろん、そうですね。

「研究で感じるいくつもの醍醐味。社会への還元を念頭に。」

磯部先生:『自然免疫』で研究をやる意味はというと、 ワクチンの場合は、ひとつの病原体に対してだけ効くような抗体しかできないけれども、自然免疫の場合は何にでも効く。そういう良さはあるんですね。だから、自然免疫を強化して、たくさんつくれるような身体にしておけば、どんな菌が入ってきても対応できるという良さがあるんです。そういう良さがあるので、抗菌因子というのは大事。で、これはやらないといけないなと。

鈴木さん:そうですね。乳房炎の治療をするときに、獣医さんが一番知りたいのは、どの菌に感染してるかということなんですね。それで、牛乳をサンプルとして取って、それをNOSAIの診療所に持って帰って、そこで検査を始めるんです。検査というのは、培地に植えて、培養して、最低1日経ったあとにコロニーの形状とかを見るんですが、何故か、乳房炎になってるのに、検査しても細菌が全然検出されないという例が3割ぐらい必ずある。それが何故なのかは、いままで分かっていなかったんですよね。

磯部先生:だけど、『抗菌因子』を頭に入れて考えてみると、牛乳の中には抗菌因子がたくさんある、サンプルを培地に撒くまでには時間がかかっているので、保存中にその抗菌因子が菌を殺してしまってるんじゃないか――そういうことを考えついたんですね。普通だと、牛乳の中は栄養分がたくさんあるので、菌がいたら増えるだろうっていう考え方だから、菌がいなくなるなんてあり得ないことだって思われてたんですけどね。そういうことって、いままで誰も考えたことがなかったんです。

鈴木さん:あのアイデアは、かなり衝撃的でしたね。

磯部先生:抗菌因子の視点で確かめてみたら、やっぱりそうだったんですよね。わたしもビックリしたんですけど。その後は、論文にしたりして公表して、学会で発表したりとかして。このことは、本当によかったなぁと思っています。それで全国のNOSAIさんに、サンプルを取ったらなるべく早く検査を始めるとか、なるべく低温にしておくといった提案もできたかなと思いますね。

鈴木さん:そんな風に、世の中の役に立てるというのは、ひとつ、研究の醍醐味だったりしますよね!?

磯部先生:現場の仕事に応用できたり、実用化されたり。酪農家のためになったり、もっと大きい話をすれば、人間生活に役に立つというような、そういう風に、何かの役に立てるような、ヒントになるような結果が出ればいいかなと思いながら研究をやっているというのは、間違いないですね。研究をしていて、楽しいと感じるのは、同じようなテーマで研究をやってるひとたちと話すときかな。他の先生の話を聞いていると、自分がいままで考えていたのとは、全然違う視点でやってたりするんですよ。それで、ああ、こういう視点で自分の研究を見ればいいんだなっていうのが分かったりするんですよね。そういうのがワクワクしますねぇ(笑)。目からウロコと言うか。

鈴木さん:その違う視点というのは、よく分かりますね。大学の頃はずっと細菌の分子疫学をやってましたから。で、乳房炎の原因は細菌がほとんどじゃないですか。それで、ぼくは乳房炎っていうひとつの病気を見るときに、ここに来るまでは、ずっと細菌学の視点から見てたんですが、磯部先生は長年、牛の免疫のほうから、乳房炎というものを視点で見てこられた。だから、磯部先生の視点っていうのは、ぼくにとって、ものすごい新鮮だったっていうのがありますね。

磯部先生:逆にぼくは、細菌のことは全然分からないですよ。だから、鈴木先生から習うことがたくさんあるということなんですよね。

鈴木さん:細菌もいろんな種類がありまして。だから、同じ1つの大腸菌の感染症っていっても、菌の株が違えば、まったく病態が違うこともある。まぁそういうことが好きなんですね。牛の乳房炎を引き起こす細菌も実にさまざまなので、たくさんあるからこそ、おもしろい(笑)。

磯部先生:先生、抗菌薬の使用量を調査したりもされているんですよね!?

鈴木さん:ええ。抗菌薬にもいろいろありますが、抗菌薬で治療しても、SA(黄色ブドウ球菌)の場合は、治らないんですよ。治ったと思っても、2週間後にまた同じ菌で発症したりするので、SAはかなりやっかいですね。それに、ここからは、ぼくの一番のポリシーの話をさせていただくと、牛を治すことって、その動物の健康を守るだけじゃなくって、将来、ひとの口に入る動物を診療していることだと思ってるんですね。そこがペットの獣医師と一番違うところになる訳です。だから、常にそれを意識しながら診療しないといけないんですよ。万が一、キャリーオーバーしてしまったときに、公衆衛生上の問題が生まれてしまうので、なるべく抗菌薬を使いたくないというのが、正直なところなんです。でも、まったく抗菌薬を使わなかったら、経済的な被害の大きい乳房炎ですから、酪農家がつぶれてしまう。抗菌薬はやっぱり、必要なときに必要な分だけ使わなきゃいけないんだけれども、なるべくその量は減らしたい。そう思いながら治療にあたっているんですが、そういうときに、いま我々が研究している、牛側の免疫を高めてあげることによって、乳房炎を防除したりとか、予防したりっていうことができれば、抗菌薬の使用量の低減にもつながりますよね。そういう社会還元性みたいなものも、我々の研究ははらんでいる。そうしたところが、自分のテーマとして、非常に、誇りに思うところではあります。
ぼくは、ほとんど細菌側の視点からしか、乳房炎を見ていなかった。それに加えて、動物側の視点、免疫学的な視点を深めたいので、いまは免疫のことをがむしゃらにやるときだと自分では思ってます。

磯部先生:今後の鈴木先生の研究に、大いに期待していますよ。これからも一緒に、がんばっていきましょう。

鈴木さん:はい。今後ともよろしくお願いします。

磯部先生:今日はありがとうございました。

鈴木さん:ありがとうございました。

【取材日】平成30年6月2日

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※注釈

1) 長期履修制度:こちらを参照。
2) 吉村幸則:大学院生物生産学部 家畜生体機構学研究室 教授。「教授に聞く」インタビューはこちら
3) 抗菌ペプチド:分子量1万以下の小さな分子で、細菌、真菌など多くの微生物に対して抗菌性をもつ。β-ディフェンシン、カテリシジンなどがある。
4) ラクトフェリン:鉄結合性のタンパク質。微生物の増殖に必要な鉄を奪い取ることにより、静菌性を示す。直接、菌を殺す能力もある。