ニワトリの「攻撃行動」を解明し、飼育のしやすさと生産性の確保に貢献する。
我が国では地域振興を目的に、多くは軍鶏(シャモ)等に代表される日本鶏(日本古来のニワトリ品種)雄鶏と外国由来の商用品種雌鶏とを交配し、それらの子を「地鶏」と称して、風味の良い鶏肉生産に活用している。しかし地鶏はその雄親である日本鶏の気質を受け継いで攻撃性が非常に高いため、群飼の際に互いにつつき合う、いわゆる「攻撃行動」が飼養管理上の問題となっている。
そこで、河上先生の研究グループでは、未だ不明な点が多いニワトリの攻撃行動の脳内メカニズムに関する研究を、次のようなさまざまなテーマに基づいておこなっている。
1.ニワトリ攻撃行動の実験的再現および定量化
2.男性ホルモン(テストステロン)によるニワトリ攻撃行動促進のメカニズム
3.攻撃行動により活性化するニワトリ脳内部位の同定
4.ニワトリ攻撃行動を制御する脳内遺伝子(攻撃遺伝子)の探索
この研究を開始した動機について、河上先生は次のように語る。
「人類は野生動物を捕まえて飼いならし、飼育しやすい、つまり『攻撃性の低い』個体を長い時間をかけて経験的に育種選抜することで、家畜として利用するに至りました。しかし家畜の一部は今でも高い攻撃性を有しており、特にニワトリはシャモ等の日本鶏だけでなく、商用産卵鶏でさえもその攻撃性が高いことが我々の研究によって明らかになっています。
攻撃行動は、限られた資源(食物、配偶者、縄張り等)を獲得するための『本能行動』のひとつで、生物にとって不可欠なものですが、過剰な攻撃行動は家畜の生産性を阻害することから、何らかの対策が必要です。それにはまず、攻撃行動の脳内制御メカニズムを解明することが必要不可欠であると考え、本研究を開始しました」
ニワトリの攻撃行動の再現から攻撃行動の判別を可能にし、モデル生物への道を拓く。
先生によれば、ニワトリは元来攻撃性が高く、攻撃行動のモデル動物として最適な動物種のひとつであるが、これまで攻撃行動の研究には活用されていなかった。その大きな理由は、ニワトリは攻撃の手段として主にクチバシによる「つつき」を用いるが、つつきは攻撃だけでなく個体間のコミュニケーションにも使用されるため、「攻撃による」つつきと「コミュニケーションによる」つつきとを区別できなかったことであるという。
そこで、先生たちの研究グループでは、単飼個体(攻撃性が高い)と群飼個体(攻撃性が低い)のニワトリの行動を比較し、攻撃者とともに被攻撃者(攻撃を受ける側の個体)の攻撃行動(反撃行動)の観察をおこなった。そして、攻撃者と被攻撃者との攻撃行動を比較することにより、攻撃者であるニワトリのつつきが「攻撃」か「コミュニケーション」のどちらであるか判別可能であることを証明し、これらの知見を基に、2種類の行動テストをニワトリ用に独自に選抜・改良するに至った。
具体的には、「Resident–intruder test: R-I test(居住者-侵入者テスト)」および「Social interaction test: SI test(社会的相互作用テスト)」という2つの行動テストがニワトリに応用された。
「前者は動物の縄張りをつくる習性を利用したものですが、ニワトリの場合、実験的に攻撃の状況を再現することが非常に難しく、2年ほどかかってようやく成功しました。また後者については、群れを作る習性を持つ動物を意図的に1匹ずつ飼育すると非常に攻撃性が高まるということが分かっていますので、それを利用したものです」
また、SI testの際に攻撃者の攻撃性を高める方策として男性ホルモン(テストステロン)を用いるべく、男性ホルモンと攻撃行動との相関を探る実験も実施。これには精巣を除去した雄鶏にテストステロンを充填したシリコンチューブ(Tチューブ)を皮下移植し、その血中濃度の推移と攻撃行動との関係を調べた。
「これらの行動テストを用いることで、過去に攻撃行動研究にほぼ使用されてこなかったニワトリを、モデル動物として活用することが可能となりました。また、我々が改良した行動テストでは、成熟を待つ必要がないため、幼若個体(生後8日目以降のヒヨコ)を用いることが可能で、更なる研究の迅速化が期待できます」
ニワトリの攻撃行動は脳内にプログラムされている。それに関与する遺伝子とは。
先生が現在、特に注力しているのが、前述のテーマの3と4だ。注目しているのはニワトリの脳内である。
「動物の行動には、学習などによる後天的な行動(習得的行動)と、学習などに依らない生まれつきの行動(生得的行動)の2種類があります。攻撃行動は生得的行動(本能行動)のひとつで、遺伝的にプログラムされている、言い換えれば、“ある種の遺伝子群に制御されている”と想定されます。動物の行動が遺伝子によって制御されるというのは非常に興味深いことです。我々は攻撃行動をはじめとする本能行動の研究を通じて、将来的には学習行動などの習得的行動のメカニズムについても検証したいと考えています」
まず、攻撃行動が起こったときに活性化するのは脳のどの部位なのかという問題だが、これは本能行動の中枢とされる「間脳視床下部」という部位であることが知られている。
「神経細胞が活発に活動したときに、それに応じて発現し指標となるのは、最初期遺伝子というカテゴリーに含まれる『c-FOS』という遺伝子です。神経細胞が激しく活動するのに応じて、このc-FOSが核に発現するということが分かっているので、我々はこれを使って、攻撃行動に関与する脳内部位が視床下部の中のどこなのかを詳しく調べています」
一方、攻撃行動を制御する脳内遺伝子の探索も続けられている。現在は、遺伝子の網羅的解析データから候補遺伝子を選抜し、それらの機能的解析を進めていこうとしているとのこと。やり方としてはマイクロアレイを使ったものなどいくつかあり、遺伝子機能阻害法としては、RNAi(RNA interference)法で、遺伝子の機能を阻害して、その遺伝子が攻撃行動に大切かどうかを明らかにするという。
「まだ遺伝子の同定には至っていませんが、我々の研究から新たな攻撃遺伝子の候補が選抜される可能性が高い」と先生。「思い込みをできるだけ排除して、さまざまな可能性を考慮して研究にあたりたい」と語る河上先生は、これからも粛々と研究を続けていく。