未解明な細胞内の極性輸送の仕組みに挑みつづけ、いくつかの因子の同定に成功。
佐藤先生は、ショウジョウバエの視細胞をモデルとして極性輸送の分子機構を研究している。極性輸送の分子機構には未解明な部分が多く、近年少しずつ解明されつつある分野である。
「極性輸送」は神経細胞や上皮細胞、視細胞などの極性を持った細胞内でおこなわれる小胞輸送を指す。(真核細胞内のさまざまなオルガネラ間でタンパク質や脂質が小胞を介してやり取りされる「小胞輸送」は、その発見と解明に貢献した3名の科学者に2013年のノーベル医学生理学賞が贈られたほど、近年注目の輸送機構である)
「極性輸送」には、タンパク質の行き先別にタンパク質を輸送小胞に包み込む過程(選別)と、その後、正確に行先に届ける過程(輸送)の2つが必要となる。極性輸送は、細胞内のさまざまなタンパク質を特異的な場所へ正確に運ぶ「選別輸送」でもあるのだ。
先生の研究グループでは特に「膜タンパク質」に注目し、これまで、極性輸送の後者の過程「輸送」に関わる因子を同定し、解析を進めており、前者の「選別」が行われる場所についても解明が進んでいる。
この研究に最適なモデルとして先生が選んだのがショウジョウバエの視細胞だ。これを用いる極性輸送の研究者は数えるほどしかいないため、ほとんどの実験システムは独自に開発したものだという。
「ショウジョウバエには先進の分子遺伝学ツールが利用できるので、それを網膜で使いながら、電子顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡などによる観察と組織解析をおこなうというのがわたしの研究のスタイルです。選別のメカニズムを解明するためには、選別過程を高い時間・空間分解能で観察するシステムが必要なので、現在、そのようなシステムの構築を試みているところです」
ゴルジ体とリサイクリングエンドソームの密接な関係を発見。ブレイクスルーの予感も。
この研究のおもしろさを尋ねたところ、次のような答えが返ってきた。
「想像とはまったく異なる過程が存在することを見つけること。研究をしていると、極性輸送に直接関係のないさまざまな新しい現象に出合います。そんなときが一番おもしろいですね。しかも、そこから新しい方向性の研究が生まれます。そんな風に、新しい可能性に気づいて試していくのが研究の醍醐味と言えますね」
先頃論文発表された研究成果『2つの細胞小器官の密接な関係の発見』も、実はこうした“予想を裏切られた”ことから見つかったものだ。ポイントは大きく3つある。
- 生合成経路(※1)に関わるゴルジ体と、リサイクリング経路(※2)に関わるリサイクリングエンドソーム(RE)が、接着と解離を繰り返していることを発見
- 生合成された膜タンパク質のうち、限られた種類のみが、接着面でゴルジ体からREへと輸送されることを発見
- ゴルジ体とREの接着面において膜タンパク質の選別が行われている可能性を示唆
- ※1:生合成経路とは、小胞輸送経路の1つ。膜タンパク質や分泌タンパク質が小胞体で合成された後、ゴルジ体へ送られ、さらにゴルジ体から細胞膜やさまざまなオルガネラへと特異的に輸送される経路のこと
- ※2:リサイクリング経路とは、小胞輸送経路の1つ。細胞外からエンドサイトーシス(食作用・飲作用)によって細胞内へと取り込まれた物質を再び細胞膜へと輸送する経路のこと
A:1つの細胞内には多数のゴルジ体とREが存在する。REにはゴルジ体接着型REと遊離型REの2種類が存在しており、REはゴルジ体への接着と解離を繰り返している。また、RE同士も接着と解離を繰り返している。
B:小胞体からゴルジ体に送られてきた膜タンパク質の一部のみ、ゴルジ体接着型REを経由して細胞膜へと輸送される。ここでは緑で示した膜タンパク質AはREを経由して、青で示した膜タンパク質BはREを経由しないで、細胞膜へと輸送されている。
「分かりやすく言えば、リサイクリングエンドソームとゴルジ体は、くっついたり離れたりを繰り返すことで、膜タンパク質を極性輸送しているということを発見しました」
しかも、この論文ではさらにもうひとつ、大きな提言をおこなっている。
「ゴルジ体の端にあるTGN(トランスゴルジ網)はゴルジ体の一部と考えられているんですが、わたしたちはTGNは実はRE(リサイクリングエンドソーム)だったのではないかと考えています。TGNはもともとくっつきっぱなしで、REはくっつかないというのが常識でした。そこで、その2つは、くっついているときにTGNと呼ばれて、離れているときにREと呼ばれる。2つは同一の細胞小器官ではないかという可能性を見出しています」
この研究がさらに進めば、これまでの概念を覆す大きな発見となりそうだ。
常に挑戦的な研究を。概念的な研究で、新たなものを提示したい。
先生は今後も「常に挑戦的な研究をおこないたい」と意気込む。
「新しいシステムをつくったり、新しい考え方を取り入れてみるなど、常に挑戦的に研究していきたいと思っています。また、その挑戦には当然学生さんを巻き込むことになるのですが、みなが失敗しながらも楽しんで研究できる環境をつくっていきたいですね」
最近では、ショウジョウバエで発見した意外なオルガネラの性質を、ヒトの培養細胞を用いて一般性を問う実験もおこなっているとのこと。広島大学の研究環境についても、「FV3000という共焦点レーザー(走査型)顕微鏡を入れてもらっていますし、自分のFV1000や東京の理化学研究所の超解像度で高速の顕微鏡を使わせていただく機会にも恵まれています」と満足をにじませる。
今後も挑戦的な研究を続けて、「オルガネラのあり様や種を超えた普遍性について、新しい概念や考え方を提示したい」というのが先生の大きな目標だ。