広島大学大学院 統合生命科学研究科
カバー写真:教員インタビュー 研究を語る 代謝変換制御学研究室 中島田豊教授

化石資源枯渇後の未来に資する新たな発酵工学を追求

  • バイオマスの有効利用技術に関する研究
  • カーボンリサイクルガス発酵技術に関する研究
  • 再生可能エネルギーとCO2からのモノづくり技術の開発
  • 生物工学プログラム

微生物の働きの解明から、エネルギー変換可能なバイオガス生産へ。

中島田先生の専門は『発酵工学』。有用微生物の探索や微生物の細胞内あるいは微生物間での代謝への理解、さらには微生物の機能を制御する方法に関する基礎研究をベースに、微生物を活用したエネルギーへの変換プロセスや有用物質生産プロセス等の提案・実証をおこなっている。
研究の柱は大きく2つある。1つは『バイオマスの有効利用技術に関する研究』、もう1つは『カーボンリサイクルガス発酵技術に関する研究』だ。

バイオマスの有効利用技術に関する研究

食品残渣や木質系バイオマス、活性汚泥ゴミなどの「未利用有機資源」を原料として、主にエネルギーとしての「メタン」を生産する『メタン発酵』技術に関する研究がおこなわれている。メタンは天然ガスの主成分であるため、メタン発酵によって生まれるメタンを主成分とするバイオガスは、天然ガス代替のエネルギーとなる。有機資源からメタンを得るには、高温高圧技術を用いた方法もあるが、先生の研究室では先代の先生の頃からこうしたバイオマスからエネルギーへの変換プロセスに関する研究がおこなわれており、微生物を活用することはもとより、微生物の探索から実証までをおこなう中で、必要となる要素技術の開発をしていくというところに、同研究室の独自性がある。

「いまでこそ未利用の有機資源の利用が注目されていますが、我々は昔から変わらず、これに注目してきました。始めは植物由来の有機資源、バイオマスを使っていて、これによって排出されるCO2はまた植物によって固定化されるので、ぐるぐるとCO2が回って、カーボンニュートラルが実現できるものとして、研究に努めてきた歴史があります」

図1/海洋藻類の完全利用のための技術開発図1/海洋藻類の完全利用のための技術開発

メタン発酵技術によって得られるバイオガスは、化石燃料に替わるエネルギー源としての活用に加えて、有機性廃棄物の分解過程等で発生し大気中に自然放散されるメタンガスの抑制にもつながり、温暖化防止対策としても注目される。

中島田先生の研究チームではこれまでに、海洋由来微生物群が高塩条件下で酢酸からの高いメタン生成活性を有することを見出し、コンブやアオサ等の大型藻類を使った高効率エネルギー・資源化技術の開発に成功。また、メタン発酵技術を使って、福島第一原子力発電所から放出された放射能汚染植物バイオマスを減容化するためのバイオ技術の確立とシステムの設計にも携わっている。
※減容化:かさを減らすこと

図2/放射性物質汚染予測地域バイオマスの一元的な処理・エネルギー・有用物質化フロー図2/放射性物質汚染予測地域バイオマスの一元的な処理・エネルギー・有用物質化フロー

未来を拓くカーボンリサイクル技術開発にもさまざまな微生物の力を活用。

バイオマスのカーボンだけでなく、使用済みプラスチック由来のCO2も合わせて回せないかという発想から、カーボンリサイクルに向けた取り組みも始まっている。

カーボンリサイクルガス発酵技術に関する研究

2020年10月の菅首相の所信表明演説でも、「日本は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す」と表明された。そのための施策のひとつとなるのが「カーボンリサイクル」だ。カーボンリサイクルは大気中および分離・貯留したCO2を炭素資源として回収・再利用することで、CO2排出量を減らそうとするもの。

中島田先生の研究グループでは以前からカーボンリサイクルに役立つ技術開発に向けて研究を進めてきた。2000年代初めには、H2-CO2を原料として酢酸とエタノールを生産する細菌HUC22-1株を発見し、エタノール生産経路の解析もおこなっている。

  • ※この研究成果により、2006年に生物工学会 生物工学奨励賞(照井賞)を受賞

さらに、同研究科の秋庸裕教授および中国電力との共同研究「Gas-to-Lipids バイオプロセスの開発」である。
これは、「ホモ酢酸菌アセトバクテリウム」と「オーランチオキトリウム」の二種類の微生物による二段階発酵により、二酸化炭素(CO2)【Gas】を用いて有用油脂【Lipids】を生産することからその名が付いた。第一段階では、ホモ酢酸菌アセトバクテリウムの発酵機能を利用してCO2と水素から酢酸を生成。第二段階では、オーランチオキトリウム培養槽に生成された酢酸を投入すると、オーランチオキトリウムが酢酸を栄養源としてカロテノイドを含む炭化水素や長鎖飽和脂肪酸、高度不飽和脂肪酸などの有用な脂質を細胞内に蓄積する。生成された脂質は、化粧品、健康食品、化学品、燃料などの幅広い製品の原料として活用できる可能性があり、同技術開発は、CO2と水素から高付加価値脂質生産の開発を目指すものだ。同技術開発はNEDOの公募事業に採択され、広島県大崎上島にあるカーボンリサイクル研究拠点で、2023年度内に実証試験までをおこなう計画である。

図3/Gas-to-Lipids バイオプロセス概念図図3/Gas-to-Lipids バイオプロセス概念図

微生物は物質生産にも有用。目指すのは“宇宙船地球号でのモノづくり”。

私たちの文明社会は、エネルギーの大半を化石資源に依存しているが、化石資源は近い将来、確実に枯渇する。その際に危惧されるのは、エネルギーばかりでなく、身の回りの多くの物質をつくっている化成品の原材料も不足するということだ。先生たちはそこに注目し、「化石資源枯渇後にモノづくりの原料となるのはH2とCO2」と考え、それらを原料としたマテリアル生産の技術開発にも取り組んでいる。

それは、「メタン発酵では合成ガス(H2-CO-CO2の混合ガス)ができるが、『合成ガス資化性菌』というある種の微生物を使えば、有機物であればすべて、合成ガスを経由していろいろなものが作れる」という理論からだ。

しかも、原料となる水素については、再生可能エネルギーから得ることができ、2040年頃までを目標に水素社会の実現が提唱されていることから、将来的には安価な水素を手に入れることが可能になるであろうと予測される。こうした水素と、石油等の従来エネルギーに利用によって排出されるCO2を微生物を使った変換プロセスに投入すれば、有用化成品原料やエタノール、食品原料などを生産することが可能になるとのこと。

この際に用いる微生物については、目的の化学品をたくさんつくる微生物を探すほか、近年は遺伝子組み換えやゲノム編集技術を活用して、目的産物を大量に生産する微生物をつくり出すことにも挑み、さまざまな成果をあげている。

「これまでは長い石油という鎖をぶつぶつ切っていく産業だったんですが、これからは水素とCO2という最小単位から物質を構成するという産業構造に変わっていくはず。その中でバイオという技術がどう使えるのか。そこに研究のおもしろみを感じています」と先生。

さらにこうも語る。
「研究のポイントは水素とCO2とCOから物質変換をする微生物が存在するということ。こうした変換を触媒技術でやろうとすると、どれかひとつしかつくれませんが、微生物であれば、いろいろなものがつくれます。しかも、微生物自体が食料で、出てきた残渣すらも資源になる。微生物が実に素晴らしいと思いますね」

一方、課題も山積ではある。それは、生物であるがゆえに生産スピードが遅いため、装置規模が大きくなり、建設コストも上がることだ。現状のままでは、生産物も高くて売れないということになる。

しかし、この研究には「ものすごく夢がある」と先生は言う。構想は“宇宙船地球号でのモノづくり”だ。
「化学触媒では物質しかつくれませんが、微生物でやれば、食料もつくれる可能性がある。すると、こういう研究の将来は、例えば月あるいは火星にスペースコロニーをつくりますというときに、食糧も化成品もつくれる技術、しかも、高効率的な技術があるとしたら、もしかしたらそれが採用されるかなと思うんですよね。宇宙船地球号っていうのはつまり、地球だけの話じゃないんです」

図4/スペースコロニー=宇宙船地球号でのモノづくりの将来図4/スペースコロニー=宇宙船地球号でのモノづくりの将来

こうしたビジョンを描きながら、研究に邁進している中島田先生。研究者を目指す若者たちには、次のような言葉を送る。
「生物工学というのは、微生物をマニピュレート(操作すること)するだけではなく、最終的に社会実装に資するために必要な技術開発をしていく。それが本質的な仕事です。サイエンス&テクノロジーで、化学は発見する、技術はそれがひとさまの役に立つようにする。そういうスタンスで我々はやってきていて、始めてから20年ほどで世の中のトレンドがちょうどそこに重なってきているんですよね。当初は無理だと言われていたことが、できるようになってきた、それはとてもハッピーなこと。研究の醍醐味もそんなところにあると思っています。なんだかおもしろそうなことをやっているなと思ったひとは、ぜひ参加してください」

研究センターのメンバー 2021年3月25日掲載
中島田 豊 教授

中島田 豊 教授
Nakashimada Yutaka Prof.

代謝変換制御学研究室
1990年3月
名古屋大学 工学部 卒業
1992年3月
名古屋大学大学院 工学研究科 博士課程前期 修了
1995年9月
名古屋大学大学院 工学研究科 博士課程後期 終了
1995年
博士(工学)
1995年10月~2006年9月
広島大学 工学部第三類 発酵工学科 助手
2001年4月~2006年9月
広島大学大学院 先端物質科学研究科 助手
2006年10月~2008年9月
東京農工大学大学院 工学研究科 助教授
2008年10月~2014年8月
広島大学大学院 先端物質科学研究科 准教授
2014年9月~2019年3月
広島大学大学院 先端物質科学研究科 教授
2019年4月~
広島大学大学院 統合生命科学研究科 教授
2002年
(一財)バイオインダストリー協会 化学素材研究開発振興財団記念基金「グラント」研究奨励賞 受賞
2006年
生物工学会 生物工学奨励賞(照井賞) 受賞
2006年
日本生物工学会 論文賞 受賞
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