野生ガエルを対象に、性決定や性染色体および新しい種の進化の不思議に挑む。
三浦先生の研究グループは、野生のカエルを使って、性染色体や性決定様式の変換の仕組みとその進化学的理由の解明に取り組んでいる。研究のポイントは大きく以下の4つである。
1.性染色体を頻繁に取り替える理由と仕組みとは
2.性決定様式の変換:XY型からZW型へ
3.新種の発見
4.種分化に伴うゲノムの変化
詳細解説の前に、これまでに分かっていることを整理しておこう。
■性決定遺伝子について
生物の遺伝子の本体であるDNAは、タンパク質との複合体である「染色体」を形成して細胞の核の中に存在する。そして、性を決める遺伝子が乗る染色体は他と区別して「性染色体」と呼ばれる。オスやメスの体が出来上がる過程には多くの遺伝子の働きが関与するが、その制御過程の頂点に位置して旗振り役となるのが「性決定遺伝子」である。1990年、脊椎動物として初めてとなる、ヒトの性決定遺伝子(SRY)が発見された。これにより、「性決定遺伝子」は大方が解明されたと思われたが、その後の研究によって、性決定遺伝子は1つに限らないことがわかった。脊椎動物ではこれまで6個の異なる性決定遺伝子が同定されている。つまり、性染色体は一定不変ではなく、種あるいは地域集団によって変わりうるということがわかってきた。これを『性染色体(性決定遺伝子)のターンオーバー(取り替え)』と呼ぶ。
■性決定様式について
性を決める様式には大きく2つのタイプがある。ヒトを含む哺乳類に代表される「XY型」♀XX-♂XY型と、鳥類に代表される「ZW型」♀ZW-♂ZZ型である。両者の違いは、性を決める主導権の所在にある。哺乳類ではXYオス、鳥類ではZWメスの性が遺伝的に誘導され、Y染色体ないしW染色体がその主導権を握る。他方の性はデフォルト(自動的)に決まる。しかし、この様式も決して普遍ではない。哺乳類や鳥類のように大きなグループが一つのタイプで占められるケースはむしろ例外的であり、脊椎動物全体では種間や種内の地域集団間でタイプが異なるケースがあることがわかってきた。すなわち、『XY型とZW型は相互変換が可能』である。
上記を踏まえ、先生の研究グループでは、次のような取組みを進め、さまざまな成果をあげている。
1.性染色体を頻繁に取り替える理由と仕組みとは
まず、カエル類では大半の種が2n=26本(n=13)の染色体を持ち、染色体の進化が著しく保守的であることがわかったのだが、さらに20種以上のカエルの性染色体に関するデータを集約したところ、カエル類には6本の異なる性染色体が存在することが判明した。これは、“性染色体の取り替えはランダムではなく、6本の決められた染色体(性決定遺伝子)の間で繰り返されている”ことを示している。また、海外グループとの共同研究において、19種のカエルの性染色体を新たに同定し、これに既存の9種を加えて計28種を解析したところ、“過去5500万年の系統進化の過程で、性染色体の取り替えが13回行われた”ことが明らかになった。
ただし、なぜ性染色体を取り替える必要があるのか、そして、それはどのような仕組みで達成されるのか、という基本的な疑問はまだ解明されないままである。現在、台湾に生息する美しいカエル、スインホーハナサキガエルを対象として、その解明をめざした研究がおこなわれている。
(左)ツチガエル (右)スインホーハナサキガエル
これを潜在的性染色体と定義する。種によって、あるいは地域集団によっていずれか一本が選択される。同様の染色体を性染色体として使用する他の動物も示した
2.性決定様式の変換:XY型からZW型へ
1993年、三浦先生の研究グループは、日本に生息するツチガエルでは性染色体と性決定様式に地域変異があることを発見した。ツチガエルは、遺伝的に最も近い地域集団間で生じた性決定様式変換の例として、今なお、世界に注目されるカエルである。特に注目したのは、ツチガエルにはXY型とZW型の両方のタイプが存在することだ。「ツチガエルの性決定様式の元祖型はXY型なので、一部の地域集団でZW型への変換が起こったことになります。この発見から私たちは、XY型とZW型の2つの様式の違いは、哺乳類と鳥類ほどではなく、むしろ、コインの裏表程度のわずかな違いに過ぎない、そして、相互の変換も予想以上に容易なのではないかと考えました」(三浦先生)。そして、これまでいくつかの遺伝学的アプローチによって、XY型からZW型へと変換した過程と進化学的理由を調べたところ、過去において、2つの元祖集団が交雑し、集団の性比が偏ったことがZW型という新しい様式を生み出した原因であることが推測されたという。
3.新種の発見
上記2の研究過程において、日本全国のツチガエルを調べるうち、1999年、三浦先生は新潟県の佐渡島にて、「奇妙なツチガエル」の報告を受ける。日本全国のツチガエルは背中が土色で、お腹には白地に褐色の斑点があるという共通した外部形態をしているが、佐渡島のそれはお腹が鮮やかな黄色をしていた。その後、遺伝学調査や交雑実験のデータを蓄積することによって、そのカエルはツチガエルとは明らかに異なることが判明し、2012年に『サドガエル』として新種記載するに至った。「従来、佐渡島に生息する動物はいずれも本土と遺伝的に大差がなく、この島に固有種は存在しない、というのが研究者の常識でした。しかし、この発見以後、佐渡島の動物に対する見方が明らかに変化したのです。サドガエルの発見と記載は、研究者が目指すところの『パラダイムの変換』であったと思います」(三浦先生)。
4.種分化に伴うゲノムの変化
性決定の様式の変化は集団の性比に大きな影響を及ぼすため、種の維持にとって極めて重要な仕組みと言える。特に、異なる種との交雑によって性決定の仕組みが変調し、雑種の性比が崩れることが多い。つまり、異種間との生殖隔離(交配が起こらない状態)の根幹となる仕組みの一つでもあるのだ。一方、種間雑種が示す大きな特徴の一つに「雑種不妊」という生殖隔離がある。不妊という現象を突き詰めると、異なる2種間のゲノムの親和性が失われることが原因となって、染色体の対合・分離・分裂に不具合が生じ、正常な配偶子を形成できないことがわかっている。しかし、その原因となる分子機構を明らかにした研究はほとんど存在しないため、先生の研究グループは、ロシアに生息するヨーロッパトノサマガエルを用いて、いわば、「種分化の分子機構の解明」という課題に取り組んでいる。
ヨーロパトノサマガエルはワライガエルとコガタトノサマガエルという2つの異なる種の雑種で、生殖腺内の生殖細胞で、いずれか一方のゲノムを完全に排除し、残ったゲノムの配偶子のみを形成することが知られている。「それは、50年以上前に発見された『雑種生成(Hybridogenesis)』と呼ばれる現象ですが、その解明は古典的な重要命題です。そのため、現在、二国間の交流事業としてロシアの研究者とタッグを組み、生態および遺伝学な研究を展開しています」(三浦先生)。
本種は遺伝的に大きく5つの地域集団に分けられる。哺乳類に代表される性決定様式のXX-XY型が3集団、鳥類に代表されるZZ-ZW型が2集団で採用されている
野生ガエルの飼育と繁殖、遺伝学的解析を行える世界でただ一つの環境を強みに。
三浦先生のこれらの研究を支えるのが、広島大学が世界に誇る「両生類研究センター」である。先生によれば、野生ガエルの研究は国内外を問わず広く行われているが、野生ガエルを室内で飼育し、世代を重ねて解析する手法、いわゆる遺伝学的解析は、世界でも本学の両生類研究センターでしか行うことができない。そのため、先生の研究はいずれも、世界オンリーワンの特徴を活かした研究であり、世界の追随を許さないものだ。成果は続々と論文発表されており、2013年度には、一般財団法人染色体学会賞を受賞している。
そもそもカエル研究を始めたきっかけは、大学3年生のときにさかのぼる。「野外でモリアオガエルという美しいカエルに出逢ったんです。それがものすごく強烈な印象として残って、そこからカエルに興味を持ちまして、カエルを調べてみたいと思うようになりました」。そして1年間、カエルの研究をしたのち、もっと突き詰めて研究をするために、大学院はカエル研究のメッカとも言うべき両生類研究センター(当時は両性類研究施設)のある広島大学へ。以来、カエル研究一筋であるという。
「わたしはカエルに出逢ったときに、刷り込まれたんですね。だからもうカエルへの想いは変わらない。もしかしたら恋愛感情よりも強いかもしれません。意外と色褪せないですね」とほほ笑む。
目指すのは生命現象の原理・原則の発見とパラダイムの変換。
「研究のおもしろさは、人が気づいていないことを先に気づくことにある。しかも、他者との時間のズレが大きいほどおもしろい」と語る三浦先生。しかし、それもまたなかなかに難しいことで、時に数か月から1~2年程度、他者に先んじることはあっても、5年、10年先を走ることは稀であるという。
聞けば、成果が広く認められるまでには、苦難の経験も数多くあったとのこと。例えば、野生のカエルの場合はどうしても成熟まで1年ぐらいかかる。マウスの約2か月、ショウジョウバエの1か月弱に比べると、大変効率が悪いため、「カエルで遺伝学をやったってダメだ」と言われることも。さらに、学会発表の場でも、先生たちをとりまく雰囲気には厳しいものがあったのだとか。「野生ガエルの研究者というのは少数派なので、カエルで見つかったことを発表すると、それはどういうことなんだと戸惑われることが非常に多いんですね。哺乳類や鳥類などの研究者が多数を占めるなかで、彼らの常識とは随分違っていますからね」と先生。
そして、「ツチガエルの性決定様式の変換は1993年に見つけましたが、市民権を得たのはここ10年くらいのこと。我々は概ね15年くらい先を走っていたのでは」と振り返る。世間に認めてもらうまでは孤独で苦難の道のりが続いていくが、「そんなことを繰り返していくうちに仲間も増え、研究が楽しくなるんですよ」と先生は言う。
最後に先生に、研究で大事なものを尋ねたところ、迷うことなく『直感力』を挙げた。
「我が国の動物行動学の創始者、日高敏隆博士はかつて、『主観を客観で仕立てあげることが研究である』と説かれました。また、遺伝子進化の分野で現在、多くの研究者が当たり前のように遺伝子重複を論じ、研究に取り組んでいますが、このアイデアが提唱されたのは1970年、ほぼ半世紀前のことです。当時の仮説『遺伝子重複による進化』を読むと、その根拠となるデータや情報はきわめて乏しいのだけれども、このセオリーはまさに的のど真ん中を射ていた訳ですよね。それは、提唱者である大野乾(すすむ)博士の人並外れた直感力と英知の賜物であり、提唱後、長年にわたって、世界中の研究者が客観的データを積み重ね、彼の主観で作られたルールを仕立て上げたと言えるでしょう。詰まるところ、研究に大事なのは、持って生まれた直感力とそれを発揮できる環境であろうと思います」。
最初が主観・直感で始まり、客観のデータでそれを積み上げていくのがサイエンス―――そんな熱い信念のもと、三浦先生たちは、日々、野生ガエルと向き合っている。
ヨーロッパトノサマガエルのゲノム排除機構解明のため、ロシアで調査する風景。
左から、共同研究者でウラル連邦大学のウラジミールファーシニン教授、本学修士1年(当時)の桑名知碧さんと三浦先生
(2019年9月 エカテリンブルグにて)