山本 民次 教授に聞きました!
 
山から海へ水が流れていくエリア「流域圏」に自然科学的なアプローチを行う中で、見出された深刻な環境問題。これを解決へと導くことこそ研究の醍醐味であり、英知を社会に役立てることに他ならない。
 
森・川・里・海から成る「流域圏」の環境再生を目指し、具体的な手法を開発する。
 
  山本先生は「流域圏」を調査し、物質循環を解析するとともに、問題となる状況を改善するために有効な方策をこれまでにいくつも編み出してきた。特徴的なのは、現状把握型の従来の研究スタイルにとどまらず、解決に向けた改善技術によって、研究を地域貢献につなげている点だ。

「流域圏というのは、山から川が流れて海へ注ぐ、そうした水が流れる場所を指します。水は流れる間にさまざまな物質を含んで海まで届きますから、特に河口域が一番汚れる訳です。そして、沿岸の海底には、有機質の泥、ヘドロが溜まります」と山本先生。

海はいま、どんな状況にあるのか。先生によれば、海底にヘドロが溜まっているものの、海の水自体は大変きれいになっているという。これは、環境省による総量規制が30年以上も続けられたことによるもの。かつて問題になった水質汚染や富栄養化による赤潮の発生などは大いに改善され、きれいな海が戻ってきた。しかし、実はまだ問題があると先生は言う。
 
「きれいにはなりましたが、生物のエサが少ない海になっているんです。生物が住みにくい状況はなんとか改善しなければいけません」。

先生が狙ったのは、ヘドロの改善、そして、足りない栄養分を海に補うという2点である。

「そもそもヘドロは空気が通りにくい状態にあって、その中で硫化水素という猛毒ができる。よく側溝などで卵が腐ったような臭いがしますが、あれが硫化水素の臭いです。海ではこの猛毒のせいでゴカイや二枚貝といった魚のエサになるような生物が住めなくなるため、まずはヘドロを改善したいと考えました」。
 
 
カキ殻・スラグ・石炭灰など、リサイクルから生まれる産業副産物を役立てる。
 
  そうして山本先生が開発したのが、さまざまなヘドロ改善材だ。

ひとつは、広島が生産量日本一を誇るカキの殻を使ったもの。「カキ殻」を400℃ほどの熱風で乾燥させると、表面が白く粉を吹いた状態になる。こうして酸化カルシウム化させたカキ殻を干潟などに投入し、硫化水素の中和剤とする利用法である。

もうひとつは、「石炭灰」を利用したもの。石炭灰は石炭を燃料とする発電所で出るパウダー状の副産物で、これにセメントを加えて粒状にしたものを泥に混ぜ込んでいく。石炭灰粒子の間に微細な空間がたくさんできるため、これをヘドロに入れると、空気をいっぱい含んだ状態で混ぜ込まれ、泥が酸化。硫化水素もすぐに抑制されるという。先生によれば、「硫化水素を抑える能力はカキ殻の10倍くらい高い」という。
 
さらに、「スラグ」という鉄鋼業で出る副産物を使ったものもある。そのうちのひとつ「水砕スラグ」は鉄鉱石を1500℃の高熱で燃やした燃えカスで、見た目は砂のようだが、水で硬くなる性質がある。その他、鋼から純度の高い鉄を作る時に出てくるスラグで、鉄からリンを取り除く工夫がされた「脱リンスラグ」というものもある。これらのスラグはいずれもそこに含まれる鉄分が重要で、鉄イオンが水中に溶け出して硫化水素と結合し、硫化鉄になることで硫化水素を抑制するものである。

これらはいずれも、2000年に制定された「循環型社会形成推進基本法」に基づき、大量に出る産業副産物をリサイクルして活用しようという動きに即したもの。その有用性やエコロジカルな特性が、多くの企業や自治体、国の各省庁などから大いに注目されている。
 
 
さらに社会に受け入れられる改善材を開発したい。次なるテーマは「地下湧水」。
 


研究テーマによって、山や湖、海や港湾など、調査に出かけていく場所もさまざま。自然を相手に挑むアグレッシブな研究。

  「もうひとつ、新開発のものがあるんです」と山本先生。鉄粉、石炭灰、クエン酸からなるそれは、硫化水素を確実に抑える鉄分を主体に、窒素分を含む石炭灰を合わせたもので、ヘドロの硫化水素を抑制し、なおかつ栄養分である窒素やリンを供給するというもの。まさに、ヘドロを改善するとともに、足りない栄養分を海に補い、海の生物にとってのエサが増えるよう工夫された新改善材だ。クエン酸は鉄を水に溶かすキレーターである。

「実は、スラグなどは産業廃棄物のイメージが強いために、抵抗感のある方もあるんです。新開発のこの改善材はそうした心配がなく、尾道の干潟に混ぜ込んだ実験でも、混ぜていないところに比べて、最大9倍もアサリが増えたんですよ。ちょっと自分でもびっくりしました」と先生。この結果を基に、その後、この研究は農水省の研究予算を獲得し、本年度と来年度の2年間で本格的な実験に挑む計画という。

「僕の研究は地域貢献できるというところが大きな喜びにつながります。環境問題は世界のどこにでも似たような事例があるので、いずれは広がりを見せていくものと期待していますよ」と微笑む。

そして、今後はさらに、「海底地下湧水」の研究にも力を入れていくとのこと。「地下のいわゆる湧き水については、どれくらいの流量だとか、窒素・リン・鉄分といった水質についてもまだはっきり分かっていません。これが海に負荷を与えているかもしれないし、浄化に役立っているかもしれないので、詳しく調べていきたいですね」。
 
山本 民次 教授
ヤマモト タミジ
環境循環系制御学専攻 水域循環制御論研究室 教授

1983年4月1日~1985年3月31日  日本学術振興会 奨励研究員
1985年4月1日~1991年3月31日  愛知県水産試験場 技師
1991年4月1日~1995年7月31日  広島大学 講師
1995年8月1日~2004年3月31日  広島大学 助教授
2004年4月1日~  広島大学 教授

2014年5月1日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦