斉藤 英俊 准教授に聞きました!
 
釣り好きは魚に惹かれるばかりではない。釣り餌のゴカイに興味をそそられ、地道に獲得した稀有な調査結果は環境保全の一助となっている。小さな生物から地球を考える研究。
 
釣りに端を発し、ゴカイ研究の道に。目標は養殖から生活史の解明へ。
 
  斉藤先生の研究の中心を成すのは、釣り餌に使われるゴカイやエビ、カニといった底生動物の生態の研究だ。先生によれば、ゴカイの研究者は日本でもあまり多くなく、環境指標として扱われていることはあっても、釣りエサに特化して研究している人はいない。しかし先生は、釣り好きが高じたのか、大学を選ぶときにはすでにゴカイの研究がしたいと決めていたとのこと。長崎大学時代には、体長1~2cmほどの小さなゴカイの分類研究を中心に行っていたが、本当にやりたかったのは釣り餌にするような大きなゴカイの養殖研究。それができるところを探して、大学院は広島大学の生物圏に進むこととなる。

「日本で扱われている釣り餌は現在、輸入ものが大半を占めているんです。昔は日本の海で獲れていたんですが、だんだん獲れなくなって、いまは中国や韓国から輸入されています。そこで、なんとか研究して養殖したいと思ったのが発端です」と先生。
 
そして、研究を進めるうちに、摂餌生態や繁殖生態を含めた生活史の解明という生態学的興味が膨らんでいった。そこから研究対象はアカムシというゴカイの仲間やナメクジウオなどにも広がっていく。ドクターの時の研究は、「アカムシの摂餌行動を明らかにする」というもの。その後は対象生物の生活史の解明に向けて、幅広く取り組んでいるという。

「いまはまた釣りエサに戻ったカタチで、ゴカイなどを外来種問題に絡めて調査・研究しています」。
特にここ10年ほど前から、日本でも、陸生・水生を問わず、外来種問題がクローズアップされてきている。先生の扱う水生動物に関しても、問題は決して小さくない。
 
 
釣り餌輸入の現状調査報告に高い評価。釣り人への啓蒙活動にも意欲。
 
  「メディアで外来種問題が取り上げられるとき、釣り餌として輸入されているものは2~3種類と言われるんですが、実際はそれ以上入ってきているんですよ」と先生。そのあたりは全然調べられていなかったことから、必要性を感じて調査をスタートしたのが2009年頃のこと。その後、その調査結果をまとめた2011年に発表された論文は、今でも多方面から引用されるほど高く評価されている。このことは、釣りが好きで分類の知識と経験を持つ斉藤先生ならではの功績と言える。

そして、先生が今後、研究者として目指すところは大きく2つあるという。ひとつは、関わった種について生活史をひとつでも明らかにしていくこと。もうひとつは、釣り餌の外来種問題について、一般市民に伝えていくことだ。
 
「水生動物の外来種問題というと、船舶輸送に伴うバラスト水の排水によるものや養殖種苗に伴うものなどが言われていますが、それ以外の要因についてはあまり調べられていませんでした。そこで調査をした訳ですが、もっと大きな問題は、釣り人の側にあるんです」。

その後、先生の口から語られたのは、驚くべき事実だった。「釣り人が残った釣り餌を捨てて帰る。あの行為が外来種問題に大きく関わっているんです」。

釣り人の多くは、持ち帰りが面倒だったり、餌の生き物がかわいそうだと思ったり、その餌で魚が大きく育つのを期待するといった理由から餌を捨てて帰る。そうした行為は現在、法律で禁じられてもいないし、マナー違反として指摘されることも少ない。しかし、実際にはその行為によって、餌の生き物がそこで繁殖し、外来種となる可能性があるのだ。
 
 
  「多くの人がそこまで考えが及ばずに捨てています。しかし、釣り人の人口は漁業者人口の50倍くらいあるので、影響は見過すことができません」と先生は危惧する。

「釣具店の店員さんでさえ知らない人が多いんですよ。だから、私の研究結果を公表して、一般市民に対する啓蒙活動をやっていきたいと思っています」。先生は、そうした形で研究結果を一般に還元することを望んでいる。
 
狙って見つけるのが醍醐味。これにかけては一番!を目指そう。
 

  先生がゴカイの研究の周辺で、ナメクジウオの研究をしていることは先にも述べたが、この研究はこの研究室の先代の教授や河合教授との共同研究である。ナメクジウオは脊椎動物と無脊椎動物との境界生物という進化的な関心、そして1960年代以降、海砂採取等で生息地が激減した希少種として保全のシンボル的な関心とを持たれている。
「日本ではナメクジウオの生息地として国の天然記念物に指定されている広島県有龍島や愛知県三河大島をはじめとして各地の個体群の維持が危ぶまれていたのですが、広島大学の練習船・豊潮丸で調べてみると、瀬戸内海で生息地が結構見つかったんですよ」。そこで先生は、ナメクジウオの生活史の解明を行うとともに、貧栄養化が問題となっている瀬戸内海がその生息密度にどう関係しているかといった視点からも調査を進めている。

また、先生の研究室にやってくる学生は、総じて『外に出て調査をするのが好きな子』だと先生は言う。「研究は野外調査が中心。このあたりにいるだろうと調査計画を立てて出かけるんですが、そこで対象生物が発見できたり、思いのほか大量に見つかったりした時、それを採取するときが一番おもしろいですよ」。

最後に、研究者を目指す若者に対しては、こんなメッセージを送ってくれた。

「何かひとつでも、これに関しては自分が一番よく知っている、勉強しているというような対象生物があるという“オンリーワン”を目指して欲しいですね。どんな小さなことでもいいので、それを究めて自信にして欲しいと思います」。
 
斉藤 英俊 准教授
サイトウ ヒデトシ
水族生態学研究室 准教授

1997年8月1日~2007年3月31日 広島大学生物生産学部科 助手
2007年4月1日~2012年10月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 助教
2012年11月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授

2017年5月19日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦