国吉 久人 准教授に聞きました!
 
水の中で不思議な生き様を見せる水生生物。
なかでも、瀬戸内海に多く見られるミズクラゲは
複雑で風変わりな一生を送る。
そのメカニズムはどうなっているのか。
変態の謎に有機化学的手法で迫っていく。
 
ミズクラゲのユニークな変態の仕組みを分子レベルで解明する。
 
  国吉先生が所属する水族生化学研究室は、水中に棲息する生物を対象として生化学・分子生物学的な面から研究を行っている。国吉先生の研究グループが取り組んでいる中心的なプロジェクトは、「ミズクラゲの変態に関する研究」だ。
ここで、クラゲのライフサイクルを紹介しよう。ミズクラゲの場合は〔受精卵→プラヌラ→ポリプ→ストロビラ→エフィラ→成体クラゲ〕という順に、変態がおこなわれていく。国吉先生はその詳細を次のように解説する。
「ミズクラゲの卵は体内受精して、母親の体の中でどんどん発生が進み、プラヌラとして外へ泳ぎだしていき、岩などにくっついて、ポリプになります。ポリプはイソギンチャクを小っちゃくしたような形をしていて、その形のまま、どんどん分裂して増えていき、冬になって水温が低くなると、ストロビラ、エフィラへと変態していきます」。
 
国吉先生がとりわけ興味を持っているのは、ポリプからエフィラへと変わっていく過程である。
「ストロビラはお皿を重ねたような形をしています。これになるにはまず、ポリプの触手の付け根のところに1つくびれができ、そのくびれの下にもう1つという風に、くびれが増えていくんです。そのくびれとくびれの間が節になり、いずれはその1つの節が1つのエフィラ、つまり、小さなクラゲに変わっていきます」。
このように、ミズクラゲは自らの分身をクローンとしてつくりながら増殖を繰り返していく。
こうした現象自体がなんともおもしろい――そう感じた国吉先生は、この変態の分子メカニズムを解明していこうとしている。
 
 
そのアプローチ法は、分子生物学と生物有機化学を組み合わせたもの。国吉先生は特に、有機化学を主体とした研究をおこなっており、物質を使う実験が多い。ここでいう「物質」とは、生物活性物質と呼ばれるものだ。
 
「スタートは、例えば、クラゲの変態を止めるような物質、あるいは、本来、変態しない条件なのに、むりやり変態を起こさせるような物質を探したいというものでした」。ある物質を入れると生体内でなんらかの変化が起こる仕組み、すなわち「作用機構」を調べれば、どんな遺伝子が通常働いているのかが分かる。物質探しにはそうした意味があるのだ。
 


ミズクラゲの一生

 
急速に進む研究分野で、変態を誘導する生物活性物質の発見に成功!
 
変態を誘導または抑制する生物活性物質を明らかにするとともに、その化学構造を明らかにする。あるいは、化学構造が明らかになっている薬剤をいろいろ投与してみて、何か起こらないかを調べる。そうした研究を重ねた結果、いくつかの物質を精製・単離することに成功しているとのこと。そして、ラッキーな発見もあったという。それが、インドメタシンという物質の働きだ。

前述のように、低温になるとポリプはストロビラに変態を果たすのだが、温度を一定に保つインキュベーターで低温処理をおこなうと、個体ごとにばらつきが生じる。そこで、この変態を薬剤で進めることできないかという実験をさまざまな物質を使っておこなったところ、500種類ほどの中から見つかったのがインドメタシンだった。
 
 
  「こんなにたくさんの種類の物質を使うことができたのは、大学時代の先輩が、そうした物質のライブラリーをつくるような仕事をされていたので、そのご縁で使わせていただけた。本当にラッキーでした」。
ラッキーはさらにもうひとつ。このインドメタシンを使えば、大体2週間以内にポリプからエフィラまで進むため、国吉先生の論文を見た水族館の職員さんたちがこれを活用し、重宝がられているとのこと。「夏休みなど来場の多い時期に展示するクラゲを揃える必要があるそうなんですね。まさかそんな使い方されるとは全然、予想もしていませんでした」と思わぬ反響に驚くとともに、「少しは世の中の役に立ったのかなって思っています」と顔をほころばせた。
 
今後めざしているのは、ミズクラゲの節のでき方の解明だ。
ミズクラゲの場合、大きいポリプほど節が多く、小さいポリプほど節が少ない。つまり、自分の大きさに合わせて、節の数を調節し、一つひとつの節は、個体の大小に関わらず一定になる、というルールがあるようなのだ。
昆虫のほか、人間の筋肉や延髄の部分にも節はつくられるが、昆虫の場合は節の数が決まっており、小さい個体は小さい節になる。また、人間の延髄にできる節も昆虫のそれとよく似たつくられ方をするが、筋肉の節はまた違うメカニズムでつくられることが知られているという。
さらに、節が1つずつ順にできていくという点も、ミズクラゲならではの特徴だ。
「ミズクラゲの節はおそらく、昆虫や脊椎動物とはまったく異なるつくられ方をしていると思われます。どういう分子がそういった節の形成を担当してるのかを明らかにしたいですね」。
 
 
国吉先生によれば、クラゲの研究者は国内にも多くいるが、分子レベルでのクラゲ研究というのは、ここ数年で活発になったものだ。「ある生物の全ゲノム配列を決定するような研究をゲノムプロジェクトと言いますが、ミズクラゲではそれもデータベース化されているくらい、かなり進んでいます。そうしたこともあって、分子レベル、遺伝子レベルの研究はいま急速に進んでいます」と国吉先生。しかも、個々の現象を調べていくような研究は、まだ多くない。変態の全容解明をめざす研究は、希少性の高いものであると言えそうだ。
 
考えるよりもまず実験! 新しさと意外性を楽しみながらアプローチ。
 

  クラゲ好きが高じて、いまの研究をしているのかと思いきや、国吉先生の出身は有機化学の研究室。広島大学にやってきた頃は、ヒトデの研究をしている池上晋名誉教授をサポートし、その後は、同研究科の坂井陽一教授と一緒に、ベラの性転換の研究をしていたという。
「退官された池上名誉教授が、『あとは自由に自分の好きなことをやってください』と言ってくださったんですね。それで、ベラの研究をしばらくやっていたんですが、倉橋島に行って、釣りをしている最中に、大量発生していたクラゲをつかまえてきたのがきっかけですね」。
その後、趣味として飼育し始めたものが、自由研究的な取組みになり、やがて学生の卒論研究となって、いまのように本格化したとのこと。

この研究のおもしろさを尋ねると、「人間の生き方とはかけ離れたその生き様や現象がおもしろいというのがひとつ。そして、予想外のことが多くて、やればやるほど謎が増えていく。先が読めない意外性がおもしろいですね」とにっこり。

そして、これからの進路を考える若者に向けては、こんなメッセージを送る。
「この分野は、他に似たような生き物の知見があまりにも少なく、やったことがすべて新しくて、全部予想外です。有機化学というと、難しそうだと敬遠するひとも多いようですが、やってみれば慣れてきますし、実験が好きなら、あんまり難しいことは考えなくていいんです。どのみち、誰も知らないことをやるので、考えるより先に実験してみましょう、難しいことは考えずに、実験でどんどん解決していきましょう!という感じで進めていけます。そのほうが楽しいし、多分それがいちばん近道なんじゃないかなと思えるテーマなんですよね。臆することなく、ぜひ研究室の扉を叩いてみてください」。
 
国吉 久人 准教授
クニヨシ ヒサト
水族生化学研究室 准教授

1994年4月1日~1995年3月31日 日本学術振興会 特別研究員
1995年4月1日~1998年4月30日 科学技術振興事業団 山元行動進化プロジェクト 研究員
1998年5月1日~1998年9月30日 理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員
1998年10月1日~1999年8月31日 科学技術振興事業団 山元行動進化プロジェクト 研究員
1999年10月1日~2000年10月31日 トロント大学 ポスドク研究員
2000年11月1日~2002年3月31日 広島大学 生物生産学部 助手
2002年4月1日~2006年10月31日 広島大学大学院 生物圏科学研究科 助手
2006年11月1日~2012年9月30日 広島大学大学院 生物圏科学研究科 講師
2012年10月1日~2019年3月31日 広島大学大学院 生物圏科学研究科 准教授
2019年4月1日~ 広島大学大学院 統合生命科学研究科 准教授

2020年5月15日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦