羽倉 義雄 教授に聞きました! インタビュー
 
加工や冷凍技術が進み、日々豊かな食生活を楽しめる現代。食の楽しみが無限に広がるように食品をとりまく技術の歩みも止まることはない。あくなき探究心が食生活をさらに拡げていく――。
 
“もったいない・危険・不衛生”な状況を改善するために、低温加工技術を研究。
 
写真   食品工学とは、食品の加工・保存を効率的に行うことを目的とした応用科学の一分野である。日本の食品工業は原料処理や加工・製造過程の機械化が進み、大きな問題はないかのように思われるが、専門家から見ると、改善の余地がまだまだあるそうだ。

羽倉先生は食品工学の分野でトップクラスの研究者として知られる。『食品の低温加工』は先生の代表的な研究のひとつだ。始まりは雑誌で見かけた冷凍マグロの加工場の写真。冷凍マグロが電気ノコギリで切断される様子を見て、「切りくずが発生してもったいない!人がマグロを刃に当てていくのが危ない!作業環境が不衛生!」と感じた先生は、これらを改善する方法はないかと考え、研究がスタートした。
まずノコギリを使わずに切る方法として「凍結粉砕」を応用。これは物質が低温で脆く壊れやすい状態になる「脆化(ぜいか)現象」を利用したもので、チョークがポキンと折れるような鮮やかな切断を想定し、最初はサバを使って輪切りにする実験を行ったという。

「実験をする前に簡単に折る方法を考えて、先に数式で表記するんです。必要な荷重を数学的に解析し、さらに折りたいところにちょっと切り込みを入れることで、精度よく切れることも分かりました」と羽倉先生。

次に三枚おろしにも挑戦し、割裂荷重による三枚おろし(縦割り加工)にも成功。加えて、三枚おろしで発生する頭部や中落ちといった部分も、「凍結粉砕」して分離することで回収率が上がり、未利用だった水産資源の活用への道も拓かれた。「筋肉はすり身に、皮や筋からはコラーゲンを抽出し、骨からは魚油やカルシウムを回収できるんです」と羽倉先生。
 
低温加工は適切な温度で材料をコントロールする技術。応用はさらに広範囲に。
 
「凍結粉砕」にはメリットも多い。水分や油脂の多い素材もたやすく粉砕できるほか、発熱を防ぐため、熱に弱い栄養分を保持したまま加工でき、臭いも防げる。
前述の魚のアラの例のように、組織分離も可能になる。「最終的な目標は、資源をムダなく利用できるようにすること。また、現在の流通過程では、産地で冷凍し、解凍して加工し、また冷凍して輸送してスーパーに並ぶという風に冷凍を繰り返していて、実は劣化を招いているんですね。それをいずれはワンフローズンでいくスタイルにしたい」と先生は語る。
魚のほか、蟹やシャコの殻をキレイに剥く研究も進んでおり、共同研究のオファーも数多く寄せられているという。

また、こうした研究の過程で、脆化温度を測定する作業を繰り返してきた先生が次に考えたのが、『電気物性を利用した食品の構造および状態の非破壊測定法』だ。
 
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「脆化温度というのは実は破壊試験で分かるんです。研究自体はもったいないからと始めているのに、それでは意味がない。そこで、壊さずに食品の中の状態が分からないかと考えて始めたのがこの研究です」。
対象は食用油や米、豆腐、ヨーグルト、チョコレート、カレールウなど。中でもフライヤーの油の劣化度の測定によって、油を効率的に管理できるという研究が興味深い。
その測定装置は企業と共同開発され、すでにほぼ商品化されているという。「その名も“レッカミール”というんですが、これをフライヤーに入れておけば、ずっとデータが取れる訳です。いずれはPOSシステムに繋いで、本部で各店舗の油の劣化が把握できる形に。日本中のフライヤーに普及させたいですね」。
 
身近な食品の影に研究の成果が活かされている。そこに喜びがある。
 
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劣化度測定装置「レッカミール」
油劣化度測定装置「レッカミール」
  「食品工学は国内に研究室もあまり多くなくて、化学工業から物性、レオロジーまで、守備範囲が大変広いんです。しかも、ひとつの研究から派生した内容を取り扱うことで、世の中の問題があれこれ見えてきて、さらに広がっていくんですね」と羽倉先生。

広島の特産品として知られるカキも、先生の研究対象のひとつだ。冬の味覚として親しまれているが、先生の研究によって、カキのうまみのピークは春であることが明らかになった。「カキのうまみ成分であるアミノ酸とグリコーゲンの含有量を2年間測定した結果、分かったことなんです。さらに、冷凍ガキの研究も進めています。一番おいしい4月頃の高品質なカキを適切な方法で冷凍保存し、さらに適切に解凍する方法が広く認知されれば、通年でカキをおいしく食べることができ、需要の拡大にもつながりますよ」。

「食べることが好き」ということが食品工学の研究者をめざす出発点だったという羽倉先生。いまや日本の食文化の発展を支える貴重な存在のひとりとして、さらに幅広い研究を重ねていかれることだろう。
 
羽倉 義雄 教授

ハグラ ヨシオ
国立大学法人 広島大学大学院 食品工学研究室 教授

1985年 東京水産大学 水産学部 食品工学卒業
1988年 東京水産大学大学院 水産学研究科修士課程修了
1991年 東京水産大学大学院 水産学研究科博士課程修了
1991年4月1日~1997年3月31日 広島大学 助手
1997年4月1日~2007年3月31日 広島大学 助教授
2007年4月1日~ 広島大学 教授

2012年11月12日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦