マウス・ブタ・ウシを使った家畜の繁殖技術を開発。雌雄産み分けへの応用も。
島田研究室には、世界初や日本一の研究成果がいくつもある。
1つ目は「凍結精液を用いた豚の人工授精技術の開発」。ブタの精子の動き方やエネルギーの作り方といった非常に細かい仕組みを生物学的に明らかにし、その成果から人工授精に用いる希釈液の開発に成功。この希釈液によって、簡便に高い繁殖成績が得られる豚凍結精液の作製を可能にした。いまや日本で生産される豚肉の約半数は、島田研究室で開発された人工授精の技術で生産されており、実用化以降はそれ以前よりも生産量が5~10%程度産子数が増加しているという。
2つ目は「世界初の雌雄産み分け技術の開発」。先生の研究グループではまず、X染色体を持つ精子(X精子)とY染色体を持つ精子(Y精子)が持っているタンパク質の違いを科学的に解明した。これにより、両者には潜在的に機能差があることを世界で初めて実証。さらに、X精子にしかないタンパク質を化学物質で刺激するとX精子は動かなくなるが、Y精子は動き続けることを見出し、この化学物質で処理した精子を受精させると雄だけ生ませることができるという画期的な雌雄産み分け法を開発し、すでにマウス、ウシ、ブタでの産み分けに成功している。
3つ目は「年齢とともに生殖能力が低下する(子どもが生まれにくくなる)仕組みが、精巣の異所性脂肪の蓄積と卵巣の線維化によるものであることを世界で初めて解明したこと」だ。この研究成果を基に、ヒトの不妊症の治療法の開発に挑んでいる。
上記の優れた発見・開発は、多くの特許取得にもつながっており、大学発ベンチャー企業も立ち上げられている。そして、数々の研究成果は、畜産農家を中心に、私たちの生活と密接につながっている。
定説をくつがえす新知見を得て、簡便かつ安価な「雌雄産み分け技術」を開発。
先に紹介した「雌雄産み分け法」は、2019年に研究成果として発表されたもので、いまは実証実験段階にあるとのこと。まさに最先端研究として注目を集めるこの研究について、概略を紹介しておこう。
これまでの定説では、精子が完成する直前まで、X精子へと変態するX染色体を有する精子細胞とY精子へと変態するY染色体を有する精子細胞がある構造体によって結合し、構造体を介してX染色体から発現したメッセンジャーRNAやそれらから翻訳されたタンパク質を共有して、X精子とY精子の機能差をなくしていると考えられていた(図2)。
そこで、先生の研究グループでは、精子の形成過程で、マウス精子に存在するRNAを網羅的に検出するRNAシークエンスをおこない、それらがどの染色体から発現したかを解析することによって、X染色体をもつ精子(X精子)にのみToll様受容体TLR7とTLR8が発現していることを発見した。さらに、両者を薬理的に刺激することで、X精子が不動化することをも見出した。これらは、上記のような定説を覆す新知見である。
さらに先生たちは、TLR7とTLR8を薬剤で活性化することによってX精子とY精子の分離が簡便におこなえることを明らかにし、簡便な雌雄産み分け技術の開発にも成功する。最初はマウスを用いて、その後、ウシは体外受精で、ブタは人工授精によって雌雄産み分けを成功させたのだ。島田先生によれば、現在、畜産業での雌雄の産み分け技術はウシでしか実用化されていないうえに、高額な機器が必要であったり、X精子とY精子の分離に長時間を要するなど多くの問題点がある。故に、特別な機器を使用せずに簡便に短時間でX精子とY精子を分離して雌雄産み分けを可能とするこの研究成果は、畜産分野に大きなインパクトを与えるものであると言えよう。
加えて、TLR7とTLR8は、マウスやウシ、ブタ以外のXY型の動物でもX染色体にコードされていることから、多くの哺乳類で簡便な雌雄産み分け法の適応が期待できるという。
※リガンド:受容体に結合して構造変化を引き起こすもの
めざすのは生殖の仕組みの徹底解明。研究に携わる高度な科学技術者の養成にも意欲。
研究の目標は「どうやって子どもが生まれるかを解明する。そして、どうして生まれなくなるかを理解することで、その解決方法を開発すること」であり、大切にしているのは、「中途半端な解明をしないということ」であるという。
「少しでも疑念が残れば、ほかの人が同じ研究をしなければならず、それでは、私たちがやった意味がない。科学的な証拠を積み重ねて、もうこれ以上やることはない、この結果を生かして、次の人は前進をする、という研究をすることを大切にしています」と先生は言う。
先生の研究室の特徴は大きく2つ。
1つは、基礎研究を医療技術等に生かす、先進的なトランスレーショナル研究をおこなっていることだ。
「うちの研究室は、自分のところでオリジナルなことが一貫してできているというのが一番の強みだと思っています。基礎研究をおこなって、社会問題の解決に役立ちそうな成果をスピンオフするような形で、社会実装に向けて展開するといった活動をしています。成果が家畜に応用できそうなものであれば家畜の技術に、ヒトの健康や不妊などの方面に生かせそうな成果が出てくれば、そちらに向けて展開するというやり方ですね。従って、直接的に問題解決をめざす研究というより、あくまでも基礎研究の成果を世の中に役立てていくというスタンスです」
もう1つは、最先端の研究を進めていく技術者の養成に努めていることだ。
「単純に技術を磨くといったことではなく、この研究室で磨いた基礎研究力を生かして、問題解決にあたることのできる人に育って欲しいと思っています。自らのアイデンティティを確立した研究を進めていって欲しいですね」と島田先生。
「アクティビティ高くやっている」と自負する島田研究室は、留学生やポスドクの研究者なども数多く集まり、国籍も年齢も多様性に富む。
「広大の島田研究室出身と胸を張れるような研究を、今後も皆さんと共に進めていけたらと思います」