広島大学大学院 統合生命科学研究科
カバー写真:教員インタビュー 研究を語る 菊池・高橋研究室 菊池裕教授

発生・再生・がん化など生命現象のメカニズムに関する研究

  • 発生・再生研究:運動器接合部の形成・成熟機構の解明
  • がん研究:がん幹細胞やがん組織内の細胞・環境因子によるがん悪性化機構の解明
  • データ科学研究:機械学習を用いた生命科学研究
  • 基礎生物学プログラム
  • 生命医科学プログラム

発生と再生のメカニズムの解明に挑む、「運動器」に関する最先端の研究。

菊池先生は助教の高橋先生とともに、「菊池・高橋研究室」を運営。このラボで進められているのは、発生・再生・がん化にまつわる生命現象を統合的に理解するための研究である。以前は「発生生物学研究室」と呼ばれていたが、研究内容が複雑化するにつれて、その範疇に収まらないようになってきたという。

「当初は初期発生の研究をしましたが、それよりもっと後の、いろいろな組織が成熟していく辺りに最近、興味が移ってきました。臓器は、自分で動きながらどんどん成長していくので、非常に興味深いですね」と菊池先生。研究対象とするのは脊椎動物であり、臓器の中でも特に「運動器」に注目している。

運動器とは、筋肉、腱、靱帯、骨、関節、神経、筋、軟骨などの総称だ。そうした別々の臓器が組織体として協調的に動くことで、「運動」がおこなわれる。運動器は、ヒトが自分の意志で活用できる唯一の臓器だ。

先生の研究室では、システムとしての運動器全体を対象に、それぞれがどのようにつながっているかということを、その接合部に焦点を当てて研究している。

「運動器を研究する理由は2つ。1つには、詳しいことがまだ分かっていないから。そして、こうした研究ではこれまではケミカルな部分ばかりが着目されてきていたのですが、最近になって、物理的な力や温度など、ケミカル以外の要素が重要だということが分かってきたことがあります」

こうした生体における力について研究する新しい学問領域は『メカノバイオロジー』と呼ばれ、さまざまな研究分野が融合して誕生し、この10年ほどで大変盛んになっているとのこと。先生の運動器研究においても、このメカノバイオロジーの観点からのアプローチがなされている。

また、研究手法としては、組織等の詳細な解析をおこなうとともに、生体外で運動器を再構成する『オルガノイド』作成にも挑戦。筋・腱・軟骨から成る3次元的な組織を生体外で作成し、培養しながら、接合部の形成過程を再現しようとしている。

力はがんの悪性化をいかに引き起こすのか。機械学習なども駆使したがん研究。

前述の発生や成長、成熟の研究が「体が作られるメカニズム」の解明であるのに対して、「破綻するメカニズム」の解明を目指すのが、『がん』の研究だ。

「私たちの体は、新陳代謝を繰り返しながら維持されていますが、どこかでうまくメンテナンスしきれなくなってしまうと、それが病気という形で表れてくる。そのひとつの例が『がん』なんです」

先生の研究室では、がん幹細胞やがん微小環境を含む複雑ながん組織を生体外で3次元的に培養し、がん組織内の動的な変化を解析。具体的な手法としては、前述の『メカノバイオロジー』の観点から、培養したがん組織内のがん細胞や周辺細胞にかかる応力・張力を、イメージング画像の機械学習を含むさまざまな手法で測定し、がん微小環境中の機械刺激ががん悪性化に対してどう影響するかを研究している。このほか、腫瘍形成に大きな役割を果たすmicroRNAに着目し、がん幹細胞のストレス耐性機構の解明にも取り組んでいる。

  • ※がん微小環境:がん細胞が生きやすいように放出する物質によって構築する、がん細胞を取り巻く構造のこと

先生によれば、「体が作られるメカニズム」と「破綻するメカニズム」には共通する特徴があるという。それは、「力がかかる」ということ、そして、「特定のGrowth Factor、増殖因子が働く」ことだ。

「後者はTGF-β(トランスフォーミング増殖因子=Transforming Growth Factor-β、ベータ型変異増殖因子)というもので、成長にもがん化にもこの増殖因子が関わっていることが分かっています。こうしたことからも、体を作るメカニズムと、がんができていくメカニズムは、生命的な仕組みとしては、基本的には共通していると考えています」

つまり、現象としてはまったく違うこの2つのメカニズムは、私たちの体に備わっている共通の仕組みを使っている、センシングの機構や応答の仕組みなどは運動器にもがんにも共通している、というのが先生たちの理解である。

領域を超え、先進の研究手法をとり、「生命を理解すること」とその先を目指す。

先生の研究の特徴は大きく2つ挙げられる。1つ目は、学問領域を超えて生物を理解すること。2つ目は、情報から生物を理解することだ。

1つ目の「学問領域を超えて生物を理解する」とは、これまで説明してきたような「メカノバイオロジー」の導入をはじめとして、プラスチックやゴムなどの化学材料を用いた装置を使うことも含んでいる。「生き物を調べるのに、生き物を使ってやるというのは基本的なやり方だけれども、いろいろなアシストをするために、プラスチックやゴムなどを使って調べるという手法を用いたりしています」と先生。

また、2つ目の「情報から生物を理解する」というのは、遺伝子の情報や組織の画像等を機械学習の手法等を用いて研究することである。「現在、一番多くゲノム情報が集まっているのはヒトですから、そうした情報を積極的に活用しています。また、人工知能の一種である機械学習による分析ツールというのもどんどん使っていますね」

こうした機械学習を用いた生命科学研究は、観察や実験が困難なため、データ数の少ない現象に対して、帰納的に新たな結論を導き出すという新たな研究手法として、近年盛んにおこなわれているという。先生の研究室でも、これを用いて、転写終結機構や筋芽細胞融合機構の解明などに取り組んでいる。

研究の将来については、「いずれは、生き物が作られ壊れる原理・原則を解明することによって、ヒトの病気・疾患の治療法の確立を支援することが可能になります」と展望。「そのために、諦めない心を持って、ラボ一丸となって粘り強く取り組んでいます。ほんの少しの運の良さを願いつつ…」とニッコリ。研究のおもしろさは、「生体組織を、同様のものを作って理解できること」であるという。

いまや脳オルガノイドが意識を持つと騒がれる時代。先生の研究グループが、理論や情報から生命を理解できるそのときも、確実に近づいているに違いない。

2022年4月26日掲載
菊池 裕 教授

菊池 裕 教授
Yutaka Kikuchi Prof.

菊池・高橋研究室
1995年(平成7年)
東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士後期課程 修了(農学博士)
1997年4月~1998年3月
慶應義塾大学 医学部 助手
1998年4月~1999年3月
理化学研究所 発生遺伝子制御研究チーム 研究員
2002年4月~2006年3月
名古屋大学大学院 理学研究科 助教授
2007年4月~2019年3月
広島大学大学院 理学研究科 教授
2019年4月~
広島大学大学院 統合生命科学研究科 教授
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