熱帯林に伐採がおよぼす影響を長期間に渡り調査。影響の度合いを明らかに。
山田先生の専門は生態学だ。主に熱帯の植物を中心とした生態系を対象としており、コロナ禍の今年(2020年)を除き、毎年ミャンマーに1回、マレーシアに1回の頻度で必ず赴き、野外調査に継続して取り組んでいる。
先生によれば、熱帯雨林は生物多様性の宝庫であるという。
「熱帯雨林には陸上の生物多様性の8割が集中していると言われています。つまり、この地域の生物多様性を守ることが、全地球レベルの生物多様性保護のカギとなるはずです」
熱帯雨林と先生との出合いは学生時代のこと。初めての調査ではその光景に圧倒されながらも、次第に惹かれていき、ついには帰国したくないと思うほどのめり込んでしまったとのこと。しかも、その研究スタイルは、「熱帯雨林にはいつくばって、地面に落ちた種子の数、芽生えた実生(みしょう:種子から発芽したばかりの植物のこと)や木の数を数えるフィールドワークによって動態を調べ、データ化する」というもの。これを先生は「熱帯雨林の国勢調査のようなもの」と表現する。これにより、いま見えている熱帯雨林の姿が、将来どのように変わるのか、もしくは変わらないのかを占うことができるという。
「現在、熱帯林の半分以上が商業伐採を受けた林になっているんですね。商業伐採が熱帯林劣化の主な要因であり、今後も伐採を受けた熱帯林が増加していくことが見込まれます」と先生。熱帯林の劣化は地球環境問題のひとつであり、地球温暖化や生物多様性にも大きく関わる問題であると先生は指摘する。しかし、実際にどの程度の影響をおよぼすかはよく分かっていなかったことから、山田先生は、十分なサンプル数を集めにくいとされる熱帯林の樹種を対象とした調査にも挑み、これまでに多くの研究成果をさまざまな国際誌に論文発表している。
そして、『伐採が熱帯林の動態と生物多様性におよぼす影響』については、次のような内容が解明された。
「約60年前に伐採を受けたマレーシアの保護林を調べた結果からは、樹木の生物多様性は、伐採を受けた森林のほうが未伐採の森林よりも低く、森林を構成する種にも両者の間で大きな差がありました。つまり、生物多様性は伐採後60年経っても十分には回復することができず、回復にはもっと長い時間が必要になることが明らかになりました」
先生の長年にわたる調査・データ収集などの研究成果は、生態学の発展に寄与するものと評価され、2015年の日本生態学会大島賞を受賞している。
息の長い研究が求められる分野。謎多き世界の謎解きに挑み続ける。
熱帯雨林の動きは人間の感覚からすると大変遅い。しかし、一年に一定数の木が死に、一定数の木が芽生え、ゆっくりと更新を続けていくのだ。100年の時間スケールでゆっくりと進むその現象をとらえるためには、数十年におよぶ森林の観察が必要となる。
「熱帯林の長期観察には忍耐が要ります。データをまとめるのも苦労しますし、息の長い研究が必要になるのが、この分野の特徴ですね」。さらに、「生態系というのは概念なので、実際に自然に入って生態系を見ようと思っても、なかなかどうつながってるかが見えないんですよ。そこが悩みどころでもあるし、おもしろいところ」と笑う。
そのうえ、熱帯雨林という過酷な環境下では、健康を脅かされるリスクにもさらされる。
「東南アジアには日本にはない風土病がはびこっているんですよね。マラリアもそのひとつで、もちろん、そうしたリスクを回避する努力を怠ることはないんですが、それでも、2002年のインドネシア領ボルネオ島での調査中にマラリアに罹ってしまいました」
こうした困難を承知のうえで、先生は研究を続けている。
そして、この研究の醍醐味は、「直感や常識が裏切られるところ」にあると言う先生。それはどういうことなのか。先生はこう解説する。「例えば、農業の場合。直感としては、農業は自然にも寄り添っていて、私たちが生きるために必要なものだから、これはもう良いものであって、悪い要素はないという気がするかもしれない。けれども、アメリカの生物学者ギャレット・ハーディンが『共有地の悲劇』という論文で指摘しているように、農業も環境を破壊する行動になっていて、気を付けなければ、自分たちの命を守るための農業によって、自分たちの生命が危ぶまれるかもしれないんですよね」
先生によれば、地球上には875万種の生物がいると推定されているが、そのうち、発見して名前が付けられた種はわずか125万種にすぎず、ほとんどが未知の種であるというのが、私たちが住む21世紀の科学レベルなのだ。
それゆえに、未解決の問題は数限りなくある。
- なぜこんなに生物種は多様なのか
- 種を区別することに生物学的な意味はどれほどあるのか(あるいはないのか)
- 多様性に全球的もしくは地域的なパターンはあるのか
- そもそも、生物多様性とはいったい何なのか
こうした問題にひとつの答えを与えるために、先生の研究はあるという。
生物多様性との向き合い方を問い、人類を考え方の転換へと誘いたい!
翻って、私たちは生物多様性について、どれほど真剣に考えているだろうか。
「生物多様性の認知や理解は、必ずしも進んでいません。なぜ私たちは、生物多様性を理解できないのか。それについての哲学者ティモシー・モートンの見立ては、『生物多様性の時空間的な広がりが壮大すぎて、人間の脳のレベルを超えているから』というものでした。生物は40億年前に生まれ、40億年かけて現在の多様性を生み出しました。一方、私たち人間は時間的には非常に近視眼的で、10年前の記憶さえ曖昧です。人類学者ロビン・ダンバーによれば、100年くらい前までのことしか、ヒトの脳は想像することができないそうです。100年よりも遠い昔は、記憶や想像に頼れない未知の領域です。40億年という想像を絶する長い時間を持ってつくられた生物多様性は、まさに人知を超えた存在なのかもしれません」
“こうした人間が捉えるのがほぼ不可能な対象を自分なりに理解して、腹落ちしたい”
“たどり着いた結論を人類と共有したい”
――それこそが、先生を研究に向かわせるモチベーションであるという。
研究に際しては、文理の別なくすべての知識を総動員し、必要な武器は躊躇なく使用していくことを信条としているという山田先生。「定石どおりに調査や解析を進めていった先に、常識では受け入れがたい結論を導き出したいと思っています。誰も見つけられなかった、誰も思いつけなかった考えを発展させたいというのが、私が抱く大きな野望です」
そのため先生は、研究ばかりでなく、その成果の公表にも力を入れている。
同じく生命環境総合科学プログラム所属の奥田敏統教授と共に、環境省の政策研究に関わるほか、大学の講義はもとより、学外に向けては、数々の著書やWeb記事、YouTubeなどを通して、情報発信を続けている。
「いずれの場や媒体でも、絶滅危惧種の問題、森林保護の問題、食糧問題など、生物多様性について考えるための身近なテーマを取り扱っています。どうぞ一度読んでみてください。これまでの常識からすると、ちょっと驚くような中身になっていますよ」と先生。
成果の公表、自ら見出した考え方の発信によって、先生は「人類の考え方を変えたい」「人類の世界の見方を変えたい」と望んでいるという。
「私たちのまわりにあるありとあらゆるもの、これが環境であるという認識が大切だと思うんですよね。きれいだろうが汚かろうが、人間がそれを好こうが好くまいが、私たちのまわりにあるものをすべて受け入れて、認知して、そこから何ができるのかっていうのをじっくり考える必要があります。ただ、多くの人類がそんな風に考えるようになるには、時間はかかると思います。私の世代で答え出なくても、次の世代、次の世代で、なるべくしっかりと、その時代の人々が納得できることを実施していくというのが重要であろうと思いますね」
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