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吉田先生の研究室は「こころの生物学」研究室と呼ばれている。学問分野としては、水産生物科学に含まれるが、こころという心理学が扱う分野に、生物学的にアプローチしていくという、ちょっとユニークな存在だ。
「魚だけでなく、根っこにあるのは人間への興味です。生物としての人間を理解したいという思いで、こうした研究にあたっています」と吉田先生。
実験対象は魚類が中心だが、その理由は意外にも、「魚の脳とヒトの脳は基本構造が同じだから」とのこと。
「もちろん、規模は全然違って、脳の中のニューロン(神経細胞)の数は、人間は1千億とも数千億とも言われていますから、さすがに手に負えません。しかし、体長10cmほどのキンギョの場合は約1億個。魚の脳くらいの規模であれば、なんとか全部を理解できるかもしれません」。
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そうして、先生がまず注目したのは「恐怖」である。
「恐怖」はほとんどすべての動物にあり、「恐怖の感情体験」と「恐怖の身体反応」の二つに大別される。「怖いと思うのが感情体験で、恐怖を感じた時に心臓がドキドキするというのが身体反応。魚はしゃべらないので、前者が魚にあるかどうかは分かりませんが、後者は調べることができます。
そこで、魚の恐怖の身体反応を調べることで、人間の恐怖について理解しようというアイデアなんです」。
先生はその後、キンギョの恐怖学習の脳内機構を調べるため、恐怖の条件付けを行った。 |
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代表的な実験の手順はこうだ。
部屋にキンギョが泳ぐ水槽を置き、部屋の明かりがつくと、その後、キンギョの体に軽い電気ショックが与えられるという条件付けを繰り返し行う。この繰り返しによって、人間ならば、明かりがついただけで怖いと思うようになるが、果たして、キンギョの場合もまったく同じ学習をして、明かりがついただけで、「恐怖の身体反応」を示すようになるという。
「この時、身体反応というのは、心臓の動きを見ています。恐怖を覚える状況下では、人間同様、魚も心臓の動きが変わる訳です。人間がドキドキと心拍数が上がるのに対して、魚は弱いので、逆に心臓の動きはゆっくりになり、10秒くらい止まることもあります」と吉田先生。
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弱い動物の場合、フリーズしてじっとしているほうが生き残る可能性が高いため、こうした反応になるのだが、人間同様、自分では抑えることのできない身体反応で、いずれも自律神経が心臓の動きを調整しており、ロジカルに考えれば、元となる脳の働きは同じと考えられることになる。
先生によれば、「我々の研究で、キンギョの恐怖学習には小脳が深く関わっていることが分かりました。最近はさらに、恐怖学習の進行と小脳のニューロン活動やネットワークの変化をリアルタイムで追跡できるようになっています」というから驚きだ。
この研究のおもしろさは、「いま実際に、魚が考えていることを目で見ることができるということ」と先生。
「例えば、恐怖を感じている時に、脳が電気を出すんです。その電気を記録することによって、脳の活動がどう変化するかというのを見ています。つまり、こころの動きの元になっている脳の活動を、直接、リアルタイムで見ることができる。こうしたことができるのは、いま世界でもうちの研究所だけなんですよ」。
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恐怖のほかにも、さらにさまざまな感情についても研究を進めていきたいと先生は語る。
「いま進めているのは、『ワクワクする』ということ、あるいは、『ガッカリする』ということについて。魚もエサが食べられるという期待に胸を躍らせたり、エサにありつけずに落胆するというようなことがあるんじゃないか。それを調べたいと思っています」。
こうしたユニークな研究には共同研究のオファーも多く寄せられ、他大学や研究所の方々と協力して、それぞれの得意分野を生かした新しいアプローチにも期待がかかる。恐怖の脳の仕組みの解明によって、PTSDの治療あるいは予防といったことに応用される可能性も見えてきたそうだ。また、生体反応を計測する独自の技術は、自動車メーカーとの共同研究によって、車の性能向上に役立つものとして特許申請中であるという。
「研究自体は100年計画と言ってるんですよ。それから、うちの研究室では、実験に使う器具やコンピュータプログラムまで自分たちでつくります。実験用の魚も釣る・飼う・増やすというのが基本。“創意と工夫で乗り切る”というのがポリシーです」と微笑む。
目標のためには手間を惜しまない。だからこそ、一から自分たちでつくりあげていく楽しみが味わえ、その過程での発見もあるという「こころの生物学」研究室。少人数で、密度の濃い指導が受けられるのも魅力だ。
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吉田 将之 准教授 |
ヨシダ マサユキ
水族生理学研究室 准教授
2007年4月1日~ 広島大学 准教授
2014年5月16日掲載
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