和崎 淳 教授に聞きました!
 
肥料の三要素のひとつとして知られるリン。日本はこれを全量輸入に頼っている。食糧生産を左右する重要なリン資源をなんとか枯渇から救わなければ。問題解決のカギは、植物の根のまわりにあった。
 
「根圏の科学」で貴重なリン資源の有効利用策を考える。
 
  和崎先生の研究の対象は、「根圏」と呼ばれる、植物の根のまわりの部分だ。根は養分や水分を吸収するだけでなく、有機酸や酵素を分泌して養分の吸収効率を高めたり、根の周辺に生息する微生物にも影響を与えていたりするという。

「根圏では、植物と微生物の相互関係ができているんです。これが植物の養分吸収にもすごく関わっているんですよ」と和崎先生。よく分からないこともまだ多いため、植物と微生物の両方から多様な研究を進めているとのこと。
なかでも、先生が一番注目しているのは、「リン」をめぐる研究だ。

リンは植物の生育に欠かせない肥料のひとつで、食糧生産にもつながる重要な資源である。しかし、日本ではこのリン酸の原料であるリン鉱石が産出されず、100%輸入に依存しているのが現状。リン鉱石の約80%は化学肥料生産に使われ、農業利用されているのだが、リンの埋蔵量は減る一方で、枯渇の危機に瀕しているという。
 
「リンについての研究は大学院生のときから始めました。こうしたリン資源枯渇の危機を知ったのがそもそものきっかけで、以来、この危機に対処し、リンの有効利用を考えていくというのが、私のモチベーションになっています」。

ある経済学者の予測によれば、2030年頃をピークにリンの埋蔵量は減少していくため、利用可能な期間はあと数十年と言われている。一方で、肥料として投入されたリンの大半は土壌に蓄積しており、日本にもこうした状態のリンはたくさん眠っているという。

「この蓄積リンをうまく使うことができれば、リンの枯渇問題に対処できるのではないか。そうした解決策を見出していくのが、この研究の目標です」と先生は語る。
 
 
根圏機能の活用から未利用のリンの有効活用策を探る。
 
  まず、土壌の中に眠る未利用のリンは、どういった形で存在しているのかを解説してもらった。

「リンは難溶性リン酸あるいは有機態リン酸の形で土壌中に残留していて、植物の根から分泌される有機酸は難溶性リン酸を、酵素は有機態リン酸をそれぞれ分解し、吸収されやすい無機リン酸の形に変えます。さらに、根圏という生物圏では、そこに生息する微生物も有機態リンの利用促進に関わっています」。

つまり、未利用のリンを無機リン酸に溶解することによって植物に供給するということが根圏の重要な機能であると言える。こうした観点から、和崎先生の研究室では、根圏機能をさまざまな観点から調べている。
ひとつは、『リン吸収効率の高いクラスター根の形成や機能に関する研究』だ。この研究に使われるのはルーピンというマメ科植物。特にリンをうまく利用できる植物であるという。
 
「ルーピンを平たい特殊な容器で栽培することで、その根の部分を観察したり、根の周りの土壌の変化などを調べます。特徴的なのは、根にブラシ状の房がたくさんできること。クラスター根と呼ばれるものですが、これが特にリンの吸収能が高いんです」。

また、同じルーピンを使って、『環境低負荷型農業を目指した根圏機能活用に関する研究』も行われている。 「リン吸収機能の高いルーピンを、とうもろこしなどの他の作物と混植し、根圏を共有させます。これにより、他の作物のリン吸収効率が向上するかどうかを見ています」。

さらに、クラスター根よりも小さいタイプの房状の根であるダウシフォーム根の研究や、遺伝子導入による酵素の機能の研究、低リン酸耐性が強い品種と弱い品種を掛け合せて良い稲をつくり出す研究、あるいは、大型機器使用による網羅的解析により、低リン酸耐性のメカニズム解明に挑むなど、進行中の研究は多岐に渡っている。
 
 
成果には新たな発見も。これまで誰も見つけていないことを見つける喜び。
 

  栽培試験を中心に行われるこうした研究はいくつかの成果を上げている。なかでも注目されたのは、以下の2つの新発見だ。

「有機酸の分泌に関わるトランスポーター(輸送体)が細胞膜にあるたんぱく質であることはすでに分かっていたんですが、リン欠乏の際にはたらくトランスポーターを私たちの研究室が初めて見つけました。そのほか、宮島に現地調査に出かけた際には、学部生のひとりが、ヤマモガシという木がクラスター根をつくるのを新たに発見しました」。

新たな発見をすることはやはり、何物にも代えがたい喜びであると先生は言う。

また、「リン枯渇の問題をなんとか解決したいという、わりと子どもっぽい動機からスタートした研究ですが、これまでずっと続けてこられたのは大変幸せなこと」とにっこり。今後もこれらの研究を発展させて、リン吸収の仕組みを解明したいと意気込む。

「ゆくゆくは作物をなるべく少ない施肥量でリンを効率よく吸収させることで、リンの枯渇問題を解決できたらと考えています」。

とはいえ、100%の解決というのは難しいことから、植物が本来持っている機能を使って、蓄積リンをうまく使えるようにする方法を見出し、農家が応用するところまでを目指すとのこと。研究室には意欲的な学生が多く集まっており、先生の指導もますますヒートアップしていきそうだ。
 
和崎 淳 教授
ワサキ ジュン
微生物環境評価論研究室 教授

2003年4月1日~2004年1月31日 日本学術振興会 特別研究員(PD)
2004年2月1日~2007年9月30日 北海道大学創成科学共同研究機構 特任准教授
2007年10月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2016年4月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授

2015年3月12日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦