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上野先生が専門としているのは、食品の中でも特に「油脂」。なかでも固体脂のひとつである“チョコレート”研究で名を馳せる存在である。
「品質がいいものはおいしいですよね。つまり、おいしさは品質と関わりがある。そこで、チョコレートの物性というものを詳しく調べています」と上野先生。
「物性」とは物質の物理的性質。「食品物理学」はこうした食品の構成物質の物理現象を理解しようという学問だ。
チョコレートの主原料はカカオ豆。カカオ豆からとれる油、ココアバターと絞りカスにあたるココアパウダーを混ぜたものに、砂糖やミルクを加えてできている。
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「おいしいチョコレートっていうのは、独特のとろけ感だったり、舌触りや歯ごたえ、噛んだ時の固さとか、それぞれ微妙に違っているのを、人間は非常に繊細にできていて、そうしたものを感じ取っているんです」。
そうした感覚を総じて「食感」と呼ぶ。
「この食感、いわゆるテクスチャーというものが悪くなるとおいしくない。例えば、バレンタインの手作りチョコなんて、おいしくないでしょ?」と先生。
チョコレートの長い歴史の中でも、おそらく産業革命のころのものはまずかったはずと先生は言う。
「そのうちに、やり方を工夫しておいしいチョコレートができるようになったんです。今の板チョコがそうですね。理屈はよく分からないけれど、美味しくつくる技術が確立していって、アメリカで大量生産するようになるんです」。
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おいしいチョコレートをつくる工程はおおよそ以下のとおりだ。
まず、ドロドロに溶けた状態のチョコレートを25℃くらいまで温度を下げ、しばらく置いたあとで温度を30℃くらいまで上げる。そのまま少し待って、20℃くらいまで下げて固めていく。
こうした温度調節法は「テンパリング」と呼ばれており、今でも世界中のほとんどすべての製菓会社やショコラティエたちがこの方法を使って、おいしいチョコレートをつくっている。
「この方法が見つかったのは100年以上も前のこと。でもその理屈が分かったのは、1980年代に入ってからなんですよ」と先生。
先生によれば、その理屈は、ココアバターの物性に関わりがあるという。
「ココアバターを冷やし固めると、結晶状態になるんです。『結晶』というのは、油の分子が規則正しく並んだ状態。そして、その並び方にもいくつかあって、同一組成の物質が異なる結晶構造を持っているんですね。こういうのを専門的には、“多形”と呼んでいます」。
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例えば、炭素原子からできていて、異なる結晶構造を持つものの代表例は、フラーレン・ダイヤモンド・鉛筆の芯(グラファイト)など。チョコレートの場合は、I~VIまで6種類の結晶多形があるという。
「私たちがよく食べているおいしいチョコレートというのは、結晶構造が決まっているんです。V型がまさにそれで、世界中のチョコレートメーカーは、いかにしてこのV型に結晶化するかという手法を血眼になってやってますよ」と上野先生。
さらに、テンパリングは誰もが面倒だと思うので、効率のいいやり方を求めて技術開発が進んでいる。「いまのところ、見つかっている方法は、撹拌する・超音波をかけるといったやり方。撹拌というのも物理学的に言うと、せん断応力をかける、ということで、私はこれが最も有望だと思って、その理屈についてもいろいろと調べているところです」。
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上野先生の研究で特徴的なのは、「放射光」と呼ばれる電磁波を使う点だ。
「放射光というのは、いわゆる最先端科学の研究手法のひとつで、これを使うと、分子の状態がどう変化するかという“動き”が見えるんですね。使わない場合がマンガとしたら、アニメーションを見るような感覚です。わずかな量でも分析できるし、これまで測定に10分かかっていたものが1秒ほどで見られるようになる。これは個人的には非常におもしろいと思っています」。
しかも、チョコレートなどの比較的身近な物質に、最先端科学を活用しているということで、このところ、講演依頼も増えているとのこと。
「いまは科学離れとか言われていますから、こんな身近なところにも科学があるというのを知ってもらいたい」と語る先生。実は、院生の頃には食品ではないリン脂質を研究対象としていたが、もっと生物に近いことをやりたいと思ったのが、生物物理学に進んだ理由だという。
「今後はさらにチョコレートの研究を進めていくとともに、生チョコやアイスクリームの研究をやりたいなぁと思っています」とニッコリ。
チョコレートの結晶構造の研究は、いわゆる“複雑系の物理”と呼ばれる、難しいもの。しかし、先生の語り口はあくまで明るい。
「ココアバター自体、何種類かの油が入っていて、油の分子は何百種類にもなる。だから、チョコレートで結晶構造を明らかにするというのは至難の業なんです。でも、逆にやりがいはあると思っているんですよ。私の研究がいつかひとつのブレイクスルーになればと思っています」。
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上野 聡 教授 |
ウエノ サトル
生物機能開発学専攻 食品物理学研究室 教授
1992年5月1日~1997年9月30日 広島大学生物生産学部 講師
1997年10月1日~2002年3月31日 広島大学生物生産学部 助教授
2000年7月1日~2000年12月15日 シェフィールド大学 化学工学科 客員研究員
2002年4月1日~2010年3月31日 広島大学大学院 生物圏科学研究科 助教授
2010年4月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授
2015年9月10日掲載
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