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上田先生の専門は、「植物栄養生理学」という分野。植物の環境への適応機構を明らかにし、環境ストレスに強い植物の開発を行っている。先生の研究の中心となるのは、「劣悪環境下でも作物生産を可能にする技術の開発」であるという。
「劣悪環境というのは、干ばつや塩害、低温や高温といったもの。中でも塩害の問題には、一番熱心に取り組んでいます」と上田先生。
塩害とは、土の中に塩分が過剰に蓄積することにより、作物等が生育できなくなる状態のこと。実はいま、世界中にこうした「塩害土壌」が広がってきているという。
「国連食糧農業機関(FAO)の報告によると、世界の農耕地の約20%が塩害によって生産性が落ちてきているんですよ。日本の国土に換算すると、約12倍相当。世界中で深刻化しているこの問題をなんとか解決できないか、というのがこの研究の主旨なんです」。
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そもそものきっかけは、大学の時に読んだ、古代文明に関する本だったという。「その本には、メソポタミア文明が衰退したのは、農耕地で塩害が発生し、食べ物を十分に作れなくなったことが原因と書いてあったんですね。これに非常に強いインパクトを受けまして、環境問題に取り組むようになりました」。
さらに先生はこう続けた。「塩害の問題は今を生きる私たちもしばしば目の当たりにします。つまり、古代文明の時代から、人類は何千年も塩害を克服できていないということになります。このずっと抱えている宿題のような問題を知ったことが、私の研究の動機なんです」。
塩害の問題を解決するには、土の入れ替えという手もあるが、被害面積が広いこともあり、資金力のない途上国などにはとうてい不可能。そのため先生は、『塩害に強い植物をつくり出す』ことを目指している。
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先生の研究室では、主にイネを使って、塩害に強いイネをつくり出そうとしており、その手法には大きく分けて3つのアプローチがある。
ひとつは、「在来品種の中から塩害に強い品種を探し、強い品種を交雑による育種に用いていく」という方法だ。海外の元々、塩分濃度の高い土壌で栽培されている品種群を分譲してもらい、調べてみて強いものが見つかればそれを育種する。時間がかかる育種についても、東南アジア諸国との共同研究によってスピードアップが図られている。というのも、日本での栽培周期は年1~2回だが、東南アジアでは年に3回収穫できるのだそう。
「この方法は古典的ですが、出来たイネへの抵抗感が少なく、消費者に最もスムーズに受け入れてもらえるというのが特長です」と先生。
ふたつめは、「遺伝子組換え」。これは元々、沿岸のような高塩環境で自生しているイネ科の野生植物やガラパゴス島の野生のトマトなど、塩害への耐性が強い植物がなぜそうなのか秘訣を探って、塩害に強くなるための遺伝子を単離し、イネやトマトに導入する、という方法だ。
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「この研究の成果が消費者に受け入れられるかというと、日本ではまだ難しい現状があります。しかし、基礎研究としてはやっていくべき」と先生は言う。
最後は、「環境中のバクテリアを使う」方法。例えば、イネの根のまわりにはたくさんのバクテリアが住んでいて、中にはイネの生育を良くしたり、塩害耐性を強くするといった働きをするものがいる。そうしたバクテリアがたくさん生息すれば、イネはベネフィットを享受できるようになるので、イネの根にそんな善玉菌だけを定着させる研究を進めている。
「こんな風に別々のアプローチを取りながら、相乗効果で、植物の塩害耐性をこれまでにないくらい強化する、というのが私の研究です」。
展望としては、「5~10年後くらいには、いい品種ができているはず。その頃には、塩害土壌での栽培試験にもっていけたらと思います」と嬉しそうに微笑む。
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先生の研究室には、世界各地から分譲された500~600品種が揃っており、これまでに研究では使われていないようなものもあるそうだ。
「かなりユニークなものがあって、そんな中から新たに塩害に強そうな品種が見つかっています。さらに、世界中の研究者はインディカ米で研究をしているんですが、私はそれとは別に、ジャポニカ米の品種を、日本とアジア諸国から集めて選抜していましてね。これまではインディカ米でしか見つからなかった塩害に強い品種が、ジャポニカ米でも見つかってきているんですよ」と先生。つまり、先生の研究室でしかできない研究が行われており、あちらこちらから分譲の要望があるのだそう。
「でも、やっと見つけたところなので、時期が来るまで待ってもらっているんですよ」とにやり。やはり新しい発見には、周囲から熱い視線が注がれているようだ。
さらに、この研究の醍醐味を尋ねたところ、「地球上の人口が増えるなか、安定的な食糧生産に、植物の技術を用いて貢献していくこと」ときっぱり。
先生の開発した技術が人類を救う――その時はもうさほど遠くない未来なのかもしれない。
最後に、学生たちへのメッセージとして、こんなことを話してくれた。
「研究は競争が激しく、つまずくことも結構多い。そんな時には、ものの見方やアプローチを変えてみるといい。私の場合も、最初は植物生理学をずっとやっていましたが、これだけではやりたいことを達成できないと感じて、遺伝子組換えの技術を使えるように勉強を始めました。さらに、植物の機能改良だけではまだ物足りないんじゃないかと思った時には、微生物(バクテリア)を勉強し始めました。いろんな分野の知識と経験を得ることで、一本槍で突き進んできたゴールに、また別の角度からアプローチできるようになるんです。そんな風に取り組む姿勢も大事なんじゃないかと思いますよ」。
先生のもとには、東南アジアやアフリカなどからの留学生が毎年のようにやってきて博士号を取り、先進の技術を自国へ持ち帰っているという。 |
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上田 晃弘 教授 |
ウエダ アキヒロ
植物栄養生理学研究室 教授
2002年4月~2003年3月 名古屋大学大学院生命農学研究科 博士研究員
(2002年5月~2002年12月 国際イネ研究所 客員研究員)
2003年4月~2006年3月 名古屋大学大学院生命農学研究科 日本学術振興会特別研究員
(2004年3月~2005年7月 テキサスA&M大学園芸学部 訪問研究員)
2006年7月~2007年6月 テキサスA&M大学化学工学部 博士研究員
2007年7月~2009年6月 テキサスA&M大学化学工学部 日本学術振興会海外特別研究員
2009年7月~2010年2月 テキサスA&M大学化学工学部 博士研究員
2010年3月~2015年2月 広島大学大学院生物圏科学研究科 講師
(2012年10月~2012年12月 国際イネ研究所 客員研究員)
2015年3月~2019年3月 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2019年4月~2022年9月 広島大学大学院統合生命科学研究科 准教授
2022年10月~ 広島大学大学院統合生命科学研究科 教授
2015年7月8日掲載
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