冨永 るみ 教授に聞きました!
 
植物の成長の仕組みにはまだ多くの謎が残されている。それらを解明し、いずれは応用へ。植物を深く知ることで、まだ見ぬ世界が見えてくる。
 
植物の表皮細胞分化の仕組みの解明とその応用を目指す。
 
  冨永先生が取り組んでいる中心的な研究は、「シロイヌナズナの表皮細胞分化に関する研究」というもの。興味の対象は形態形成の仕組みである。

植物の成長は、分裂組織から新たな細胞がつくられることで起こるが、先生が注目しているのは、この分裂組織からつくられる組織の一番外側の細胞層である『表皮細胞』だ。根の表皮細胞からは根毛が形成され、葉や茎などの表皮細胞は、トライコーム(毛状突起)へと分化する。こうした根毛やトライコームをつくるためには、それらの形成に必要な遺伝子の発現が必要となるが、その際のスイッチを司るものが『転写因子』と呼ばれるタンパク質である。

「分かりやすく言うと、分裂組織は動物の幹細胞に似たもの。また、動物の体細胞をiPS細胞に変換する山中因子もこの転写因子なんです」と先生。

根毛とトライコームが共通の転写因子によって制御されていることが分かっており、先生の研究室では、こうした転写因子の研究によって、植物の形態形成や細胞分化の仕組みを分子レベルで解明していこうとしている。
 
また、この研究では、世界中に競合がひしめく中、いくつかの世界的発見にも携わってきているとのこと。

「シロイヌナズナは遺伝子も全部分かっているため、研究材料によく使われる植物。このシロイヌナズナの根毛をつくる働きを持つCPC遺伝子というのは、過去に私たちの研究グループが発見して名づけたものなんです」。

さらに、同様の遺伝子をトマトでも発見し、これを『SLTRY』と名付けている。 先生は、根毛やトライコームをつくる仕組みを解明することで、環境に応じた形態を持つ植物へと応用していくことを考えているという。

「根っこを強化すると、植物生産も変わってくると思いますね。例えば、根の形態を改変することで、水や養分を効率よく吸収できるようになり、過酷な環境に適応した植物になったり、生育や病害虫対抗性が向上するなど、いろいろな可能性が考えられます」。
 
 
わからないことを明らかに、細部まで突き詰めていく研究者でありたい。
 
  先生によれば、土の中の研究というのは難しいため、改変して都合の良い植物をつくるという研究はあまり進んでいない。そこで先生は、まずは基礎研究に注力し、さまざまな植物の形づくりの謎を解明していこうとしている。

「いまは、一つひとつの遺伝子の機能解析をやっています。そこで、根毛細胞と非根毛細胞の間で発現する遺伝子が違ったり、細胞間移行していることなどが分かってきたり。さらには、内部の細胞との位置関係で根毛ができるかできないかが決まるかどうかを探ったり、転写因子の下で働く遺伝子を解析するなど、細かく見ていく作業が最近は多くなっていますね」。

また、シロイヌナズナでは応用への限界があるため、トマトを使ったり、宮崎大学の先生との共同研究ではブドウを、オランダの研究者とはペチュニアの花を扱ったりしているそうだ。いずれも、表皮細胞の分化に共通する遺伝子が実の形成や花の色に関係していることが分かってきたため、そこから新たな展開が期待できるという。
 
「これもおもしろいんですよ」と先生が紹介してくれたのは、『トライコーム』に関する研究について。シロイヌナズナの場合は、葉のトゲで虫が食べるのを防ぐだけだが、トライコーム自体は重要な物質をためる働きがあり、植物によってはエッセンシャルオイルをためたりするのだという。

「ペパーミントみたいに、ミントオイルをためていたりするので、そういう物質をためることを何かに応用できないかということも考えているところです」。
研究の醍醐味はと尋ねると、「分からなかったことが分かるということ」と即答し、根っからの研究者気質を覗かせる。

“分からないことを解明する。しかも、誰よりも早く”ということは、研究者の多くが目指すところ。しかし、それを達成するまでの道のりにはしんどいことも多いとも口にする。
 
 
いまを全力で。遠回りでも構わない。経験は無駄にならない。
 

  自身のこれまでを「回り道の人生」と語る先生。というのも、広島大学生物圏科学研究科博士課程卒業の後に、京都大学農学研究科博士課程に再入学しているからだ。その経緯については次のように話してくれた。

「広島大学の研究室では、指導いただいていた桜井先生がとても楽しそうに研究をされていたんですね。その先生の姿に、『私も研究者になりたい!』という思いを強くしました。そして、研究室の先輩、後輩の皆さんもとても熱心だったので、研究者として生き残っていくためには、もっと学ばなければと、植物の遺伝子に関する知識を求めて京都大学大学院に進みました」。

そして、こうした回り道を、「さまざまな経験を積んだ分、発想が豊かになった」と振り返る。

かつて学んだ本研究科には2013年に着任。いまは指導する学生たちに遺伝子をそれぞれ担当してもらいながら、地道に研究を続けているという。

「次の世代をきちんと教育して育てていかなければと思っています。広島大学の学生さんたちは総じて真面目な印象ですね。誰もがコツコツタイプという訳ではありませんが、みんなよくやってくれています」と学生たちを評する。

最後に、本研究科や研究者への道を目指す若者へのメッセージをもらった。
「将来の目標を定めて、それに向けて努力し続けるのは難しいことです。しかし、この瞬間にやらなければ、後ではできないことがたくさんあります。後悔のないように、全力で頑張ってください。思い通りにいかないことがあっても落ち込まなくて大丈夫。失敗はステップアップへの貴重なチャンスです」。
 
冨永 るみ 教授
トミナガ ルミ
植物環境分析学研究室 教授

2001年4月1日~2008年6月30日 理化学研究所植物科学研究センター 研究員
2008年7月1日~2010年1月15日 基礎生物学研究所植物器官形成学研究室 研究員
2010年1月16日~2013年9月30日 宮崎大学IR推進機構 特任助教
2013年10月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 講師
2018年1月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2019年4月1日~ 広島大学大学院統合生命科学研究科 教授

2016年4月8日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦