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清水先生の中心的な研究をひと言で表すと次のようになる。
――『ゲノム不安定性』を理解することで、ヒト癌を理解し、バイオ医療品製造に応用する。
ゲノムとは全遺伝情報のことで、生物のアイデンティティのようなものだ。
「ゲノムは本来安定しているんですが、これががん細胞の中ではくずれてくる。つまり、不安定化するんですね。遺伝子がなくなる、増える、形を変えるといった『ゲノム不安定性』というのが、がん細胞学の領域ではとても重要なことなんです」と清水先生。
先生の興味は、こうしたゲノムを守っているシステム、特に、遺伝子の数が増えたり減ったりする仕組みはどうなっているのかを理解することにあるという。 |
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「本来、遺伝子の数は一定でなければならなくて、そのために巧妙な仕組みがいろいろ備わっているんですね。しかし、がん細胞ではそうした仕組みがうまく働かなくなって、遺伝子増幅が起こったりしますし、逆に、増幅していた悪玉遺伝子が減少するとがん細胞は正常化するんです。このことはずっと以前に私たちが発見しました。そしてこれが、この研究を進めていくきっかけにもなったんです」。
増殖した遺伝子は、細胞内で次の2種類の構造のどちらかに存在する。ひとつは、染色体外遺伝因子であるDM、もうひとつは、染色体上のHSRという構造だ。
「個体内のがん細胞では、増幅遺伝子は主としてDMに局在することから、私たちはこのDMについていろいろと調べています」。 |
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研究の発端となった発見についてまとめると、以下のように表現できる。
――DM上で増幅したがん遺伝子の細胞内コピー数が減少すると、がん細胞は脱がん化、分化する。
「言い換えれば、DMを細胞から効率的に排出させることができれば、がん細胞は正常化して、ヒト癌を治療できるということなんです」と先生。
しかも、このDMが極めて独特な細胞内動態を示すことも発見し、そこから条件次第ではDMだけが選択的に細胞外に排出されるようになることが分かってきたという。
さらに、こうした研究の過程で、独自の遺伝子増幅法を発見したというから、その凄さには驚かされるばかりだ。 |
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「ある特殊な構造を持ったプラスミド(遺伝子を運ぶためのDNA分子)をヒトのがん細胞に入れるとそれがどうなるかという実験を行っていたんですが、その結果、そうしたプラスミドが細胞内でものすごく数を増やしていたんですね」。
この実験結果から、先生たち研究チームは、この方法が遺伝子増幅を再現する方法として大変有用であると確信。そのプラスミドの構造の名称からこの実験を「IR/MAR遺伝子増幅法」と命名した。
そして、「私たちには、染色体外遺伝因子の動態をもとにして、かなり独自な研究領域をつくってきたという自負があります。こうした研究を行っているのは、世界中でもここだけです」と胸を張る。
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前述の増幅法は、以降、先生のさまざまな研究に大いに役立っており、めざす諸々の機構の解明に近づくとともに、その過程でも多くの成果をあげているという。
「このような基礎研究分野への応用とともに進めているのが、遺伝子組み換え蛋白質医薬品生産技術等への応用です」。
先生によれば、蛋白質医薬品はいわゆるバイオ医薬品の一種で、リューマチやがん等に少ない副作用で効果を発揮している。しかし、投与量が大量に必要であり、動物細胞を培養してつくる従来の方法では、設備や培地等に多額の費用がかかるのが難点とのこと。
「そこで、私たちの『IR/MAR遺伝子増幅法』が注目されているんですよ。この方法ならば、細胞あたりの蛋白質の生産量を増加させることができますから」と先生。
繰り返すが、こうしたがんの生物学の分野とバイオ系分野の両方に関わる実験系は、先生が新たに切り拓いていったものだ。どちらの分野の研究者も多数いるが、両方にタッチする研究者は非常に稀有な存在と言っていい。
最後は、そんな先生から次代を担う研究者へのメッセージである―――。
「私たちの研究は、基礎・応用ともに高く評価されているため、世界最高レベルの実験室が整えられています。研究の醍醐味は、誰も分からないことを見つける喜び。それをぜひ若い皆さんにも味わってほしいと願っています」。
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清水 典明 教授 |
シミズ ノリアキ
生体分子機能学研究室(染色体機能学) 教授
1983年4月1日~1988年11月30日 山之内製薬(株)中央研究所 研究員
1994年4月1日~1995年9月30日 ソーク生物科学研究所 訪問研究員
1988年12月1日~2005年3月31日 広島大学 総合科学部 講師・助教授・准教授
2006年4月1日~2008年1月31日 広島大学大学院 生物圏科学研究科 准教授
2008年2月1日~ 広島大学大学院 生物圏科学研究科 教授
2014年10月9日掲載
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