島本 整 教授に聞きました!
 
近年、猛威をふるうノロウイルス。研究方法も対処法もいまだ確立されていないこの難敵に果敢に挑み有効かつ安全な感染防止策を発見、実用化へ。感染防止へ大きな一歩を踏み出した研究。
 
食中毒のさまざまな原因菌とともに、ノロウイルスを独自に研究。
 
  島本先生の専門は食品衛生学。食品の安全性に関する研究を行う学問だ。なかでも先生は、食中毒を起こす微生物に関する研究を中心に行っている。こうした微生物には、O157、サルモネラ菌、腸炎ビブリオ菌、カンピロバクター、ノロウイルスなどがあるが、日本で起こる食中毒の半数以上はノロウイルスを原因とするものという。

「食中毒を阻止する観点から考えると、ノロウイルスをいかにしてやっつけるかが大きな課題になります。我々の研究室では、病原体のひとつとして、このノロウイルスに関する研究を行って、一定の成果を挙げています」と島本先生。

そもそもノロウイルスは、研究が難しいウイルスなのだという。「ノロウイルスはヒトにしか感染せず、ヒトのお腹の中でしか増殖しません。
 
このため、他のウイルスのように、培養細胞を使って増やしたり、動物に感染させるといった方法を取ることができないのです。ヒトの培養細胞でも増やすことができないので、いまだに研究がなかなか進んでいないという現状があります」。

近年、冬場に流行がよく見られるが、その理由を先生はこう語る。「ひとつは『非常に感染力が強い』ということ。患者の便1g中に100億個くらいいたりするんですが、10~数10個口に入れただけで感染します。基本は経口感染ですが、嘔吐物などの僅かに残ったものが乾燥して微粉末になって舞い上がることによる空気感染も見られますね。

もうひとつは、『いろいろな消毒剤にものすごく強い』ということ。普通はアルコール消毒で死滅しますが、ノロウイルスはアルコールでは死なず、特別な消毒のやり方が必要になってきます」。
 
 
なんとか安全・安心な消毒剤をつくりたい。見つけたのは、“柿渋”だった。
 
  「研究が進んでいないために、ノロウイルスに感染しても治療法はありません。そこで、まずは食中毒を防ぐ、ヒトが感染しないようにする、ということが一番大事なんです」と島本先生。

食中毒を防ぐという観点から、消毒剤を開発しているアルタンという会社との共同研究を進め、ノロウイルスに有効な消毒剤の開発に向けた研究を長く行っているという。

「厚労省が推奨しているノロウイルスの消毒法は、(1)塩素系漂白剤(2)85℃以上で1分加熱する、という2通り。これらをヒトに応用する場合、(2)は無理ですし、(1)は肌荒れを起こしたり、酸と混ざると有毒な塩素ガスが発生する危険がありますし、有毒なので、調理現場での使用も難しい。
このため、私たちは研究開始当初から、“ヒトにやさしい、安全・安心な消毒剤をつくりたい”というコンセプトを掲げていました」。
 
その後、研究過程で見つけたのが、渋柿をしぼった「柿渋」だ。柿渋は非常に強いタンパク質凝集力を持ちながら、口に入れても手につけても大丈夫な植物由来の素材。

先生の研究室では、この柿渋が強い抗ノロウイルス作用を示すことを突き止め、新たな消毒法として特許を取得し、製品化も実現している。「柿渋を使った消毒剤というのは世界で唯一のもの。特許は出願から5年ごしで日本、中国、アメリカで取得にこぎつけました。

また今春には、中小企業優秀新技術・新製品賞をアルタンと広島大学とで共同受賞もしました。実は、ノロウイルスだけでなく、インフルエンザウイルス、はしかやポリオの原因ウイルスなど、これまでの20種ほどのウイルスすべてに効果が確認されていて、実にオールマイティな消毒剤なんですよ」と島本先生。
 
 
ノロウイルスの消毒剤や検出法の開発で社会に貢献。さらなる成果をこれからも。
 

 

  もともとは、ヒトの健康に興味があり、薬学部出身であるという島本先生。以前は、細菌が細胞内に栄養物を取り込む輸送に関する研究をしていたそうだ。その研究過程で、病原菌に関わるようになり、ヒトに病気を起こす微生物の研究の大事さを考えるようになったという。「そうした微生物をどうやってやっつけるかという研究をやったほうが、直接的に人に役立つし、おもしろいのではないかと思ってシフトして行きました」。

そして現在、「人の役に立つような製品を世に送り出しているというやりがいや、社会に貢献しているという満足感を感じています」と先生は語る。また、難しいとされる研究だが、ヒト腸管細胞を使ったノロウイルスの新たな検出法なども、先生の研究が先進的と言われる所以だ。「日本ではヒトに飲んでもらう形での実験ができないので、私たちは工夫をして、ウイルスの中にある遺伝子を検出する方法を使って、消毒剤の効果を証明しているんです。方法自体はポピュラーですが、消毒剤の評価に使っているのはうちくらいでしょうね」と先生。

こうした最先端の研究に対して、さまざまな共同研究のオファーが寄せられているという。「これからもさらにインパクトのある研究をしていきたいですね。同時に、世の中の役に立つような素晴らしい人材も育てていきたいと思います」。
 
島本 整 教授
シマモト タダシ
食品衛生学研究室 教授

1986年4月1日~1997年12月31日 岡山大学 助手
1991年6月15日~1994年6月30日 ニュージャージー医科歯科大学 博士研究員
1998年1月1日~2007年3月31日 広島大学 助教授
2004年4月1日~2004年9月30日 鈴峰女子短期大学 非常勤講師
2007年4月1日~2009年2月28日 広島大学 准教授
2009年3月1日~ 広島大学 教授

2013年11月15日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦