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「持続可能な食料生産をめざした技術開発に関する研究をしています」。実岡先生はこう切り出した。その研究も大きく分けて2つあるという。ひとつは、「不良土壌に適する植物を育成する研究」。もうひとつは、「リン酸資源の枯渇に対応した農業技術の開発」である。
「まず前者についてですが、塩集積や乾燥などによって、食料を生産できない不良土壌が世界的に広がっていて、陸地面積の約67%をしめているんですね。
今後、こうした不良土壌で作物生産が可能になれば、持続可能な食料生産と供給ができるのではないかということで、耐性の強い、不良土壌に適するような植物を育成する研究をおこなっているんです」と先生。そしてもうひとつの研究が、最近特に力を入れているものという。
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「作物には窒素やリン酸、カリウムなど、いろいろな栄養素が必要ですね。しかし、リン酸というのは地下資源で、石油と同様に、現状のままで使用しつづけると、50~100年で枯渇してしまい、なくなれば、食料生産が危うくなります。一方で、世界の人口増や新興国の経済発展で肥料の需要が増え、リン資源をめぐって激しい争奪戦が起こっています。そこで、リン酸資源を有効活用する技術に関する研究が世界的に増えてきて、私たちの研究室でもこれをおこなっているんです」。
先生によれば、日本の場合、リン資源はすべて輸入に頼っており、なくなれば、日本の農業は壊滅的な被害を受けることが予想されるという。実岡先生がこのリン酸に関する研究をスタートさせたのは2000年位から。
そのきっかけは、客員研究委員としてアメリカにいた頃の、あるアメリカ人研究者とのディスカッション。「アメリカでは豚や鶏からのリン酸の排泄量が多く、環境汚染や資源の枯渇の観点から問題となり、これを何とか解決しようと研究が始まっている、ということを聞いたんです」。
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帰国後、日本でこうした取組みがないか調べてみると、ほとんどなかったために、実岡先生は、この研究をしようと決めた。先生が注目したのは、「フィチン酸」というリン酸化合物の存在だ。「まず最初に、フィチン酸含量が低く家畜に吸収されやすい有効態リン酸を多く含んだ穀類を家畜に与えることで、リン酸の有効活用ができないか、と考えました」。
エサの原料である穀類には、このフィチン酸が多く含まれているが、豚や鶏といった単胃動物はフィチン酸を分解し、利用できないためリン酸の多くは排泄されてしまう。これが農耕地に蓄積されて環境汚染を招くという。
さらに、「リン酸は骨を作ったり、エネルギー代謝に関係するような、動物にとってなくてはならない元素なんです。家畜の場合もリン酸が不足すると生産性が悪くなる。それで、鉱物資源であるリン鉱石から作られた家畜が吸収しやすい無機リン酸をエサに加えているんですね。これはリン資源の無駄使いです」と先生。
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こうした問題点から、先生のグループでは“フィチン酸が低く有効態リンの多い品種の開発”を目指すことになった。
「穀類に含まれるリン酸が家畜に吸収されやすい形になれば、エサに無機リン酸を加えなくてもよいので、資源の節約になるという訳です」。2004年に数十品種のダイズを交配して研究を開始した。交配で出来た種子から、フィチン酸含量が低く、生産性が良く、病気に強い系統の選抜を繰り返した結果、ついに低フィチン大豆の開発に成功したという。
「この大豆をエサに使えば、リン酸を50~60%節約できます。日本でこの低フィチン系統の大豆を持っているのはここだけ、まさに先進的な研究。今後は、品種登録という形で一般に利用してもらえることをめざしています」。
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「これまでに、フィチン酸を減らしても発芽等初期成育に必要な栄養成分はまったく変わらないことが確認されています。「フィチン酸が一般的に、なぜ穀類に多く含まれているかは解っていない。その役割の解明はまだこれからです」と実岡先生。
また、鶏を使った試験と同時に、低フィチン穀類を与えた鶏の糞を堆肥化し、これを野菜栽培に応用する実験も行われているそうだ。さらに、フィチン酸にはミネラルの吸収を阻害する作用がある。アフリカや中南米などの途上国では、トウモロコシや小麦を粉にして食べているが、これにもフィチン酸が含まれているため、ミネラルなどの吸収ができず、特に乳幼児の亜鉛欠乏が多い。
こうしたミネラルの欠乏も低フィチンの穀類ができれば、改善できるという。「新しい植物を作ることによって、世の中に役に立つというのがこの研究のだいご味です。そして、現場で農家の方に使われて初めてこの農業技術は確立する。
『環境にやさしい、リン酸資源節約型農業の確立』が大きな目標です」。先生は。フィチンとの出会いを振り返り、学生たちにこう語りかけているという。「アメリカであの先生と話さなければ、この研究はやっていませんでした。学生の皆さんもさまざまな人と交流しながら、また、農業の現場でいろいろなものを見ながら、常に問題意識を持って取り組んでいって欲しいですね」。
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実岡 寛文 教授 |
サネオカ ヒロフミ
植物栄養生理学研究室 教授
1982年4月 広島県立庄原実業高等学校 教諭
1983年4月 広島大学生物生産学部 助手
1991年2月 広島大学生物生産学部 助教授
2002年4月 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2009年3月 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授
2013年10月25日掲載
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