小櫃 剛人 教授に聞きました!
 
酪農家が減り、牛の数や乳の生産量が減り、いまや大変深刻な状態にある日本の酪農業。効率化や省力化、さらに牛の健康も。より良い飼養技術を開発することで酪農の未来を拓きたい。
 
反芻動物が飼料をうまく利用できる方法を探る。
 
  小櫃先生の研究対象は、家畜のなかでも反芻動物に分類される牛や羊など。反芻動物の飼料や栄養の研究が中心で、効率的に飼料を利用するための組み合わせや給与の仕方、調製方法などを調べるものだ。

先生がそもそも興味を持ったのは、「反芻胃」の仕組みであった。
反芻動物は4つの胃を持つことが知られているが、その中でも特に1番目の胃は巨大で、2番目の胃と合わせて「反芻胃」と呼ばれる。

「牛の反芻胃の中では、人には利用できない草などの飼料を微生物が分解し、発酵が起こり、その発酵産物を牛が吸収し、エネルギー源やタンパク質源等にして育って、乳を出したりする訳です。こうした仕組みをおもしろく思ったんですよ」と先生。
 
反芻とは飲み込んだ食物を吐き戻して咀嚼し、また胃に戻すということの繰り返しによって、食物を消化する働きだ。先生によれば、最初に入った胃から内容物が出ていかないと、次のものが食べられないのだが、内容物はすごく細かくならないと胃から出ていかないという。

「だから牛は、1日のうち6時間くらいずっとこの反芻に費やしているんですよ。こんな風に、草をうまく利用して生きているというところに魅力を感じたんです」と先生は言う。

そして、この胃の中は嫌気性のため、外に取り出して調べるのが難しく、そこでどういうことが起きているのかを明らかにしていくのはけっこう難しい作業となる。そのため、何十年も研究が行われているにも関わらず、分からないことがまだまだいろいろあり、こうしたことも先生の興味をそそったという。
 
 
エサから排泄物、その過程までも調べることで、新たな成果を。
 
  具体的なアプローチ方法は次のようなものだ。

①最初に飼料の量や成分、排泄物や生産物の量や成分を調べる~大きな牛だと、乾燥重量で1日23kg程度を食べ、それが水分を含んで50kg程度になり、同量程度の糞をする。ミルクを1日40 kgも生産する。食べた飼料からどれくらい乳に出るのかなどを、量を測定することで、1日あたりどれくらい全身での栄養代謝が行われているかを調べる。

②消化管の内容物や血液などを採取する~消化管や肝臓、乳腺といった体の組織ごとに、どのような代謝が行われているかを調べる。加えて、消化管の部位ごとにも分けて調べることも。

①によって全身をみるだけではよく分からない中間の代謝過程を、②で細かく見ていく訳だ。その経路を追うことで、全体を組み立てていく、こうした手法が、先生の研究の特徴であるという。
 
この研究が目指すゴールは大きく3つある。
ひとつは、農家に対する成果を出していくこと。「最適な飼料の条件や給与の仕方を考えることで、飼料費の節約になったり、生産量が増えたり、生産物の質が良くなることにつなげていきたい」と先生。

2つ目は、生物学的な新しい発見。「分からないことの多い反芻動物の仕組みを見つけ出し、新しい知見を得ていくこともまた、目指すところです」。

3つ目は、環境に対する成果を出すこと。「牛の胃の中では消化する時にメタンガスが発生します。このガスは温室効果ガスとして知られていて、牛のゲップが地球温暖化を招くと問題になっているんですね。メタンガスは胃の中の微生物の働きでどうしても出てしまうんですが、食べたエサのエネルギーの約10%がメタンになって失われているので、それを体に回せばエネルギー効率も高まるし、環境への負荷もなくなる。そのため、できるだけそうしたメタンの排泄を減らすことを研究しています」。窒素やリンについても、飼料成分の動物における利用効率を高めることによって、糞や尿への排泄量を減らすことをめざしているという。
 
 
搾乳ロボット、そしてクロロフィル。広い視野で多彩な研究に取り組む。
 

  先生が現在、農林水産省からの補助事業として取り組んでいるのが、「自動搾乳システム飼養下での安定高生産酪農技術の開発」だ。これには、広島大学の農場に導入された、いわゆる「搾乳ロボット」の活用が組み込まれている。

「牛の乳を人の手で搾ると1日にせいぜい3回まで。しかし、牛が搾って欲しい時にいつでも搾れる搾乳ロボットだと、労力がかからないので何回でも搾乳できる。昔から、搾る回数を多くすると乳が多く出ると言われていて、労力の関係で増やせなかった回数が増やせるようになるんですね。しかし、そうすると牛の体に負担がかかるのではないかということで、栄養状態を調べたり、適切な飼料のやり方を考えるといった研究を行っています」。

そして今後については、「これまで生産性や効率の向上を重視していたところを、まずは牛を健康に飼うことや酪農家がラクに生産できるといったことに貢献できればなぁと思います」と言い、全体として効率化や省力化につながっていけばとの想いを語ってくれた。

また、先生は国産飼料の減少も憂いており、最近は、草の持つクロロフィルの研究も行っているという。「エサになる植物のいい面が見つかれば、草の利用や生産の契機になると思うんですよ。これまでは、草の栄養分ばかりを見てきましたが、草を緑に見せているクロロフィルを調べてみると、ある部分に生理活性があることが分かってきました。それが牛に影響を与えているのでは?と考えて、いま研究しているところです」と先生。

これから広島大学を目指す若者たちへも、「広い視野を持ってもらいたい」とエールを送る。

「研究というとどうしても細部を見がちですが、それが全体の中でどういう役割をしているかというのも大事なこと。あまり細かいところだけではなくて、広い視野を持って取り組んでほしいと思うんですよ。さきほどのクロロフィルも、ふとこの緑色はどういうことなのかなぁと思ったのがきっかけなんです。何事もそういった姿勢が必要ですね」。
 
小櫃 剛人 教授
オビツ タケト
家畜飼養学研究室 教授

1987年4月1日~1995年1月31日 広島大学生物生産学部 助手
1995年2月1日~2002年3月31日 広島大学生物生産学部 助教授
2002年4月1日~2007年3月31日 広島大学生物圏科学研究科 助教授
2007年4月1日~2015年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2015年4月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授

2015年7月24日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦