中野 宏幸 教授に聞きました!
 
食の安全が当たり前のようになった今日でも依然として食中毒は起こっている。その原因となるのは食中毒細菌などの微生物。食品全般の安全性を確立するため、微生物のより良い制御法を探り当てたい。
 
食中毒防止策を求めて植物の抗菌性に着目。安全な微生物制御法とは。
 
  中野先生が率いる食品衛生学研究室で行われている研究の中心となるのは、「天然物を利用した微生物制御法の開発」というものだ。食中毒を引き起こすボツリヌス菌やサルモネラ、O157大腸菌などの食中毒細菌が主な研究対象であり、これらを「抗菌」、すなわち、細菌の発生・生育・増殖などを抑制する働きによってコントロールしていくことを目指している。

「抗菌には大きく2つあるんです。ひとつは、菌の増殖を抑える『静菌』、もうひとつは、菌をすべて殺してゼロにする『殺菌』。うちではこの両面から研究を進めています」。
 
先生によれば、こうした研究の背景には、消費者のおいしさ志向やグルメ志向、健康志向、利便性の追究などがあるという。「例えば、保存料が敬遠されることで、それが増殖を抑えていた病原菌が活発になる可能性が出てきたり、利便性を求めて生まれた真空包装の中で嫌気性菌が増殖するといった新たなリスクも増えています」と先生。塩分控えめの漬物なども、実は微生物には有利な状況なのだとか。

こうしたなか、食中毒細菌の増殖を抑えるために先生が注目しているのが「植物」だ。植物は自らが病気にならないために何らかの抗菌物質を含んでいる。すでに応用もされているお茶カテキンやワサビの揮発成分などはその一例だ。先生のところでは、香辛料、ハーブ、漢方の3種を対象に、それらの抗菌作用を食品の保存に応用できないかと研究を進めている。
 
 
ボツリヌス菌を扱う研究室は希少。先進的なハードルテクノロジー。
 
  先生の研究には、驚くべき希少性と先進性がある。
ひとつには、ボツリヌス菌を扱う研究は他ではあまり見られないこと。法改正により、その取扱いが厳格に定められているからだ。そのため、食品企業でもこれを扱うことができない。「我々は責任と使命を感じながら取り組んでいます」と先生。さらに、食品企業が食品の消費期限を決めるために実施する保存実験用には、ボツリヌス菌に似た性質を持つ指標菌を使う必要があるのだが、先生の研究室ではこの指標菌も同時に使って実験を行っており、食品企業に対して指標菌の提供も行っているそうだ。

他方、“ハードルテクノロジー”という先進性も備える。ハードル、すなわち各因子の条件を低くしておいた微生物制御因子を複数組み合わせて実験を行うと、最終的にはクリアできなくなるという現象が起こる。このことから、低い条件で微生物を制御していこうというのが“ハードルテクノロジー”だ。先生の研究室では常にこれを意識し、主眼としているが、こうした複数組み合わせての実験が行われる研究室は極めて少なく、他をリードする存在と言える。
 
先生とボツリヌス菌を結びつけたのはまだドクター時代のこと。その当時、日本で初めて「乳児ボツリヌス症」が発生し、その対策にあたった経験に端を発する。「ボツリヌス菌というのは、芽胞という植物の種のようなものを作って飛び散る芽胞菌のひとつ。普通の加熱条件では死なないし、嫌気性菌なので空気がない状態で増殖していくという性質があるんです。乳児ボツリヌス症は、自然界にいたボツリヌス菌の芽胞に汚染されたハチミツから発症します。食中毒とは違って、大人の腸であれば素通りする芽胞が、未熟な腸内菌層を持つ1歳未満の乳児の場合にのみ、稀に腸内に定着して芽胞が毒素を出すというものなので、いまはこうした乳児にハチミツを取らせないという対策が定着しています」と先生。そして、当時の指導教官から、「食品衛生の視点でボツリヌス菌の研究をしている人は少ないので、ぜひ一生の仕事にして欲しい」と言われたことがいまにつながっているという。  
 
  先生によれば、「食中毒の研究は、事例があって、そこからなぜだろうと考えるところから始まることが多い分野」であるという。食中毒の有名な事例としては、札幌の老人ホームで白菜の浅漬けから起こったO157による食中毒などがある。

「このときの原因は原料の野菜の殺菌でした。野菜は試験管内の100倍の濃度の溶液で洗っても99%くらいしか殺菌できないし、法的な基準もないんですが、コンビニ業界などはガイドラインを作成していて、うまく殺菌できる方法を確立することが急務。これはこれからの課題ですね」。
 
すべては社会に役立つために。これからの研究者に期待を寄せる。
 

  研究の最終目標は、「食の安全が確保された世の中をつくること」だ。言い換えれば、いまはそうした状況になく、健康を求めて食べているはずが、逆に健康被害を生じさせている。こうした“本来あってはならない”事態を防ぐために、先生は3つの手段があると考えている。

ひとつは、研究者として研究成果をあげること。それには、メカニズムを解明するという研究より、実際の現場で役立つ方法論やデータを見つけて、食品企業などに提供してあげることだと先生は言う。

ふたつめは、教育によって食品衛生学に関する総合的な考え方を身につけた人を一人でも多く世に送り出すこと。

みっつめは、実際に現場で働いている人の再教育。いずれも先生たち専門家の知見をできるだけ現場に広めていくことが肝心だというのが先生の想いだ。

さらに今後を担う若者に向けては、次のような言葉を贈る。

「微生物学の祖と言われるパスツールの言葉に、『幸運は備えある心にのみ微笑む』というのがあります。この“プリペアド・マインド”を磨いていかないと、実験中に大発見が通り過ぎていこうとしているのに見逃してしまったりする。それを磨くためには、もらった研究テーマばかりをやるのではなく、幅広い学問を学んだり、自分の専門外のことをやっている人と議論をしてみたりすることが必要です。また、私くらいの歳になると、いまさら聞けないということがいっぱいあるんですが、学生さんならどんな質問でもできるし、先生は必ずきちんと答えてくれるはず。どうぞそうしたチャンスには、恥ずかしがらないで質問をして、“プリペアド・マインド”をしっかり磨いていって欲しいと思います」。
 
中野 宏幸 教授
ナカノ ヒロユキ
食品衛生学研究室 教授

1982年12月1日~1992年10月15日 広島大学生物生産学部助手
1992年10月16日~2002年3月31日 広島大学生物生産学部助教授
2002年4月1日~ 広島大学大学院生物園料学研究科教綬

2017年1月13日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦