黒川 勇三 准教授に聞きました!
乳牛と乳房炎とは切っても切れない関係。しかし、なんとか減らすことはできないか。酪農家を悩ますこの感染症にかかりにくい、生産性の高い牛群をつくりだすことで酪農現場への貢献を目指す。
 
 
牛たちや牛の暮らす農場に惹かれ、乳牛の群管理の研究へ。
 
  東広島キャンパスの東端に、牛たちが暮らす農場がある。飼料を食む牛たちの眺めやのびやかな鳴き声に触れると、誰もがのどかさを感じることだろう。

しかし、ここの大勢を占める乳牛たちには、病気がついてまわる。乳房炎だ。いくら予防に努めても、その病気は牛たちを苦しめる。中には、治療の効かない牛もいる。

“もしも乳房炎のような病気にかかりにくい牛群ができたら、どんなにいいだろう”―――ある日ふと、牛好きな黒川先生の頭の中に、そんな思いがわいてきた。
 
黒川先生は、牛の研究者である。牛好きであり、牛がいる農場のような環境が大好きだ。指導している学生さんたちも、黒川先生同様、牛や農場の環境が好きで、それに関わる研究をおこなっているそうだ。

「わたしは、大学院生の頃、とある大学の附属牧場にいました。そういう環境で勉強したいという気持ちがありましたから、とても快適な環境でしたね」と黒川先生。

以前は、乳牛や肉牛の飼料に関連する研究をしていたそうだが、5年ほど前から「抗酸化物質」について調べはじめ、3年ほど前からは、抗酸化物質と乳房炎との関連を調べるようになったという。「最初は、乳牛は夏に病気になりやすいというのがありますので、そうした季節性というようなところに興味があったんです。そこからだんだん、乳房炎との関連性を考えるようになりました」。
 
 
いまは、乳牛の血液中の抗酸化物質と乳房炎との関連性を追求している最中。
 
  黒川先生がいま取り組んでいるのは、『血中抗酸化物質の動態の研究』、つまり、血液中に含まれる抗酸化物質がどのように動き、変化していくかを調べているという。

まず、抗酸化物質とはどういうものか。黒川先生は分かりやすく説明してくれた。「動物は、呼吸のときに活性酸素という物質ができます。呼吸は動物にとって必須のものなので、どうしても活性酸素ができてしまう。しかもそれが身体に毒になる物質なんです」。
その活性酸素を消去する能力のことを「抗酸化能」、活性酸素を消去する物質のことを「抗酸化物質」と言うのだそう。
 
黒川先生は、この抗酸化能が、乳牛の病気の予防に関わっているのではないかと考えている。
「その仮説の検証の過程で、抗酸化物質の血液中の濃度や、どんな条件で変動するのか、あるいは元々、個体ごとに抗酸化物質を生産する能力が違うのではないかという個体差の観点からも、研究を進めているところです」と黒川先生。
 
 
  そのため、黒川先生は現在、農場にいる乳牛のさまざまなデータ収集を、長い時間をかけておこなっている。

「農場で実際に、ミルクの生産をしている牛が、乳房炎になる、ならないというのは、いろいろな条件が関わる複雑な事象です。そういった複雑な要因によって起こるような事象を、そのまんま捉えて、データ化し、そこから一般的に言えるようなことを導き出そうとする、そういう手法を取るのが、わたしのひとつの、スタイルと言っていいかもしれません」。
 
感染症にかかりにくい牛群づくりを通して、広く酪農の現場に貢献したい。
 

  黒川先生がこの研究で目標としているのは、前述のように、“乳房炎のような病気にかかりにくい牛群をつくる”ことである。

「農家のひとの利益とか労力のかかり具合というのは、牛群の特徴によって左右されるんです。そのため、個体の特徴をきちんと把握したうえで、個体の情報に基づいて、よい特徴を持った牛を残していくことによって、よい牛群をつくるということを目指しています」。

しかし黒川先生は、こうした研究に、おもしろさや意義を感じる一方で、矛盾する思いもはらんでいるとぽつり。

「もともと動物が好きで、こういう仕事を始めているんですけれども。よい牛群をつくるためには、牛たちを選別、選抜するんですね。ということは、命を奪われる、お肉として出荷されてしまうということになります。経済性の追求を避けて通ることはできませんが、何をめざして、どう進めていくか、しっかり考えていかなければならないのではという思いもあるんですよね」。

また、黒川先生によれば、牛群の管理についての研究は、あまり多くない。乳牛群の管理法の指針に関して、きちんと議論することはこれからの課題なのだそう。

「むしろ、そうした知見を、この大学の農場として発信することによって、同じ悩みを持つ農家の方や研究者の間で、議論を深めるきっかけになればなと思います」と話し、完全になくすことは不可能と思われる乳房炎を少しでも減らすには、そうした牛群の管理法の確立も必要と説く。そして、「研究が進めば、なにか今までできなかった管理ができるようになるのではないかなぁと期待しています。やはり、最終的には、酪農の現場になにかひとつでも役立ちたいというのがありますね」とほほ笑む。

最後に、将来、この研究室に進んでくれる若者たちに向けて、次のようなメッセージを贈ってくれた。
「農場には、よほど意識を持って見ていかないと、気が付かないことが、たくさんあります。そういった気が付かないようなところにこそ、問題や課題があると思うんですね。そうした課題を一緒に見つけて、いろんな課題を解決するというようなことを、ぜひ皆さんと一緒にできたらなぁと思います」。
 
黒川 勇三 准教授
クロカワ ユウゾウ
陸域生物圏フィールド科学研究室 准教授

1991年4月1日~2004年2月29日 東京農工大学農学部 助手
2004年3月1日~2009年3月31日 東京農工大学農学部 附属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センター 助教授
2009年4月1日~2019年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2019年4月1日~ 広島大学大学院統合生命科学研究科 准教授

2019年11月20日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦