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ユスリカという小さな虫、それが河合先生の研究対象だ。名前は知らなくとも、街灯の下などに群れて柱状になっている様子をおそらく誰もが目にしたことがある昆虫である。先生によれば、それほど身近な存在のユスリカには、日本だけでも1500ほどの種類があるという。
「ユスリカには走光性があって、特に秋頃に、田んぼの近くのコンビニなどに集まったりして商売にならないとか、諫早湾の閉じた堤防の辺りで大量発生したりということで、害虫のイメージがあるんですね」と河合先生。
しかしその一方で、川底のヘドロを食べて大きくなるため、もしもユスリカがヘドロを食べなければ、農業排水が流れ込んで富栄養化したヘドロはもっと溜まって無酸素状態になり、メタンや硫化水素が発生することになるという。
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「大げさに言うと、ユスリカがいなくなると、まわりに人間は住めなくなる。それくらいすごく活躍しているんですよ、ユスリカって」。
このユスリカ研究最大の疑問は、「なぜそんなに種類がいるのか」ということだ。
「ユスリカがどうやってこれほどまでの種分化を遂げたのか。おそらくは、いろんな環境に適応して、それぞれの環境を最大限に利用できるように特殊化していったんだと思われます。こうしたことを、環境省の方と一緒にプロジェクトとして研究しているんですよ」。
そうしたなか、まずは分類を進めなければならないのだが、ユスリカの研究者は日本でも約20名ほどと少なく、分類ができる人となると、先生を含めて5名ほどしかいない。そのため、分類もなかなか進んでいない状態という。
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「私がこれまで新種として命名したユスリカは50種くらいありますよ」と先生。新種の名前の後ろにはKawaiと付いているのだそう。
そして、このように誰も知らないことを見つけ出した瞬間の喜びこそ、この研究の醍醐味だと先生は言う。
さらに先生は、このユスリカを“生物指標”として活用することをめざしている。
「水質が変わると、ユスリカの種類が変わるんです。そこで、どんな種類がいるかを調べると、そこの水の平均的な水質データが得られるんですよ。こういうのを『生物指標』と言うんですが」と河合先生。
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先生によれば、水をくんで検査をしてつくる「理化学的指標」は瞬間的な値に過ぎず、そこから導きだされた水質基準の数値などはあくまで便宜的なもの。それに比べて、「生物指標」は信頼性が高く、費用も抑えられるのだそう。
「これは大変重要なことなので、一生懸命にやっているところです。だいぶ実用化に近づいてきました」。
今後の目標を尋ねると、「日本にいる全部の種類を網羅して、誰でも簡単に分類できるような本を広島大学から出すこと」と先生。「そのためにも、研究のおもしろさをアピールして、一緒に研究する後継者を育てたいですね」。
調べれば調べるほど不思議な魅力に魅せられるという淡水の生き物たち。彼らを前にして、先生は少年のごとき笑顔を見せる。 |
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もうひとつ、先生を熱くさせるのが、ゴギの研究だ。
ゴギは淡水魚であるイワナのうち、中国山地にのみ生息するもので、頭のところに斑紋があるのが特徴という。
「長い進化の過程で、どうしてそういう斑紋をもつようになったのか。それを調べるには、ゴギだけでなく、日本のイワナを全部調べたいと思っているんです」と河合先生。
そもそもイワナは、獣医になろうとしていた先生を研究者に変えてしまった存在なのだとか。
「たまたま父親に連れていってもらった釣り場の水槽にイワナが泳いでいましてね。それを見た瞬間に、『かっこいい!』と。もう他はすべて飛んでいく感じでね」と当時を振り返ってニッコリ。
ゴギ研究の発端も、ゴギが峠を越えて移動した可能性への関心からだという。
「大雨の後に細くできた川筋のところをゴギはピチャピチャはねながら移動していくんです。あれを見ていると、これはその昔、絶対峠を越えたな、と思うんですよ」。
分布する魚のDNA検査など、それを裏付けるデータも数多い。
そして、こうした研究の傍ら、先生は、子ども向けの昆虫教室などの講師も務めている。
「いまは他の生き物とのつきあいがどんどん減っていっているでしょう。関心もなくなり、ましてや形の違いを見出すとかいうことは難しい。だからこそ、次の世代に、生き物に関心を持ってもらうことが大切で、そのために少しでも努力するのが我々の努めだと思うんです」。
さまざまな研究に邁進する多忙な毎日。それもまた、先生には大変幸せな時間である。 |
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河合 幸一郎 教授 |
カワイ コウイチロウ
生物資源科学専攻 水族生態学研究室 教授
1987年4月1日~1993年12月31日 富山医科薬科大学 医学部 助手
1994年1月1日~2007年11月21日 広島大学 生物生産学部 助教授
2011年11月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授
2014年9月25日掲載
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