加藤 亜記 准教授に聞きました!
 
食品として食卓にのぼるワカメなどの海藻類。そうした海藻に生き物として触れたとき、研究者への道が拓かれた。海のなか深くに広がる海藻の世界からさまざまな可能性が見えてくる。
 
興味の方向を180度変える経験から藻類学の数少ない研究者に。
 
  加藤先生の研究対象は藻類。なかでも海藻などを中心に、種多様性や生態の解明に取り組んでいる。広島大学には2011年に着任。海藻専門の先生が他大学に転出した昭和53年以来、実に34年ぶりの海藻研究者として期待されている。

しかし、先生がここに至ったのは本人にとっても思わぬことだったようで、大学での臨海実習によって大きく進路が変わったのだという。
「海藻を使った5日間の臨海実習に参加してみて、こういう分野があるということに驚いたんです。その時まで自分の中には、海藻というカテゴリーがなかったなぁと」。

それまでは遺伝子を使って植物を品種改良するというようなバイオテクノロジー関連の研究室を目指していたが、実習後には藻類学の研究室へと変更。生き物としての海藻に触れたときの「新しい世界がある」という驚きがこうした選択をさせたとのこと。
 
以降、学部生の卒業研究で海藻の新種を発見。自分で命名する経験もして修士、博士課程への進学を決め、「夢中で分類の研究に没頭していた」と振り返る。

その後は博士研究員などの立場で海藻を材料に系統分類の研究を続けた。しかしこの間に、「生きている状態ではどうだろう?」という思いが沸いてくる。「生物学をやっているはずなのに、死んだ状態のものばかりを見てきた」との気づきと言えるかもしれない。

「たまたまその時に、知り合いの研究室が海洋酸性化などの気候変動が海の生き物にどう影響するかを調べていて、そこで研究させてもらうことになりました。当時私は、石灰質をもつ海藻の分類をやっていたので、石灰質をもつ生き物を酸性化した海水で飼ってみたらどうなるかという試験をやるように」と加藤先生。

こうして先生は、それまでとは違う“育ててみる”という試みを始め、そこから種多様性と環境との関係に関心をもつこととなる。
 
 
生きた石になる海藻,サンゴモ類の研究。分類や生態を解明し、環境との関わりを調べる。
 
  先生が今いちばん力を入れているのがこの「石灰藻サンゴモ類の研究」である。

サンゴモ類は体の重量の9割程度が石灰質の、まさに生きた石になる海藻である。サンゴ礁では、石灰質に加え、化学物質を生産して、造礁サンゴ幼生の着底・変態を助けることで、サンゴ礁形成に直接的・間接的に貢献している。

先生によれば、「造礁サンゴが生育できるのは光が十分届くところで、水深50mより深い場所ではサンゴモ類の方が多い」という。そして、サンゴモ類は、ウニや貝などの幼生の着底・変態にも貢献しているのだが、「サンゴ礁とは違って、これが温帯になると問題になってくる」と先生。
 
それが、海藻の森である藻場が衰退して、海底にほとんどの海藻がみられなくなる「磯焼け」という現象だ。「磯焼け」の海底では、扁平なサンゴモ類(無節サンゴモ)が一面に広がった「サンゴモ平原」と高密度のウニがしばしば見られる。磯焼け域では、サンゴモ類によって増えたウニに海藻が食べ尽くされてしまうのだ。

「豊かな藻場から磯焼けまでが見られる豊後水道をモデル地域として、無節サンゴモの出現種と生態を調べているところです」。

一方で、サンゴモ類の研究には別な側面もある。無節サンゴモが成長する過程で「年輪」様のものができ、この年輪を『古環境の復元』に利用できるというのだ。これまでに「樹齢」数百年にも及ぶ種が確認されている。
 
 
  「こうしたサンゴモ類にどのような種があるのか、まだあまり分かっていません。形や遺伝子を調べて、ある種の存在を認識できれば、その種の生態や生理的特徴が調べられます。こうした蓄積が、環境指標性の検討などに役立ちます」と先生。

石灰藻サンゴモ類の分類の専門家は世界的にも少ないため、化石の学会や地球科学系の研究者など国内外からの講演や共同研究の依頼があるそうだ。

先生は、「他の科学分野の人々と仕事ができるというのは大変おもしろい」と意欲的で、今後もこうした研究の広がりに期待を寄せている。
 
自分の中の「当たり前」を超えるために。
 

  広島大学に着任してからの1年間は、もっぱら竹原ステーション(水産実験所)周辺の海藻調査に打ち込み、約150種の年間の消長を確認している加藤先生。大潮の干潮時に行う調査は、冬期は夜明け前からになるなど大変ながらも、「とても楽しくできた」と笑う。また、そうした調査が縁で、実験所の対岸にある瀬戸内海最大の離島・大崎上島の住民たちとスタートさせた、海藻の普及・啓発活動団体『大崎上島町食文化海藻塾』も順調だ。この海藻塾がきっかけで、地元産海藻の商品化にもつながった。

今後は、「海藻類の多様性研究を極めたい。とくに石灰藻と地元の瀬戸内海の海藻について取り組みたい」と抱負を語る。
研究者として目指すものを尋ねたところ、「私たちがあたり前と思っていることは人の経験が蓄積されたものです。海にはまだ人が経験したことのないものがいっぱい眠っている。そういうものをひとつでも何か見つけられたら!」と目を輝かせる。

そして、これからを考えている若者たちに向けて、こんな言葉を贈ってくれた。
「先にお話ししたように、私自身、必修として履修した実習が予想外におもしろかったんです。だから、大学というところで、自分が選択し得るもの、経験し得るものをどんどん経験して欲しい。始めから限られた知識でやりたいことを狭めないで、いろいろやってみたらいい。」

「『やりたいことが分からない』という人も結構いるんですが、やりたいことがなくても、まず目の前にあるものをやってみましょう。意外とおもしろいかもしれませんよ。身近なところにもいろいろと、実はおもしろいものがあるんです」。
 
加藤 亜記 准教授
カトウ アキ
海域生物圏フィールド科学研究室 准教授

2003年4月より,北海道大学 COE研究員,神戸大学 日本学術振興会特別研究員,琉球大学 COE研究員などを経て,2011年2月より広島大学大学院生物圏科学研究科 竹原ステーション(水産実験所)  助教。
2017年1月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 竹原ステーション(水産実験所) 准教授

2016年6月2日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦