堀内 浩幸 教授に聞きました!
 
近年猛威を振るうインフルエンザや
患者が増加していくアレルギー疾患などにも実は免疫機構が深く関わっている。ニワトリの免疫研究からヒトの暮らしにも広く役立つ新技術を探る。
 
世界初を幾たびも。はじまりは少し異色な研究テーマとの出合い。
 
  先生の所属する「免疫生物学研究室」は、前身を「家畜衛生学研究室」と言い、ニワトリの病気と免疫機構を中心に研究していたそうだ。先生もそうした研究をやろうと大学院に進学してきたところ、あまり関係のない研究テーマが与えられた。

「その当時、増殖因子というのが非常に注目されていまして、それがニワトリにもあるだろうということで、その研究をやってみないかと言われたんです」。これをスタートとして、先生はその後、世界に先駆ける非常にオリジナリティのある研究を展開していくこととなる。例えば、ニワトリを用いて抗体をつくる手法の開発に携わったり、ニワトリの栓球(鳥類の血小板)中に数多くの増殖因子や接着因子が保存されているのを発見したり。「若い頃はこうした研究をずっとやってきた」という先生はその後、実績を研究室のテーマのひとつである「鳥類の免疫学」に生かせるよう、「分子細胞生物学」の研究へと挑んでいく。その一例は次のような流れだ。
 
インターロイキン(IL)は免疫系に非常に重要な機能を果たす物質なのだが、鳥類ではその解析が進んでいなかったため、先生の研究室では、発見した「ニワトリの抗体をつくる」という技術に活用できるようなILを解析していくこととなった。「IL6をターゲットに、分子生物学的もしくは生化学的な解析を行うことになったんですが、ちょうどその頃、ニワトリでES細胞が取られたという論文が出たんです」。

マウスでは1980年代に樹立されていたものの、鳥類ではまだだったES細胞(胚性幹細胞)に関する論文であった。しかし、これに先生たちは大きな違和感を覚えたという。
 
 
  「ES細胞を培養する際に、LIFというタンパク質が重要な働きをするんですが、この論文ではマウスのLIFを使っていたんですよね」。

というのも、先生はニワトリの細胞増殖因子からILの研究をしていたため、マウスとニワトリではILのアミノ酸組成が大きく異なっていることを知っていたからだ。しかも、IL6とLIFは共通の遺伝子を先祖に持つ関係にあるため、先生は両者を一緒に解析した。その後、LIFのクローニングに成功した。この研究は、広島県が産学官連携で行い、文部科学省が支援する「知的クラスター創成事業」に採択されたという。
 
中心は遺伝子組み換えとゲノム編集。病気との闘いにひと役買う研究。
 
  先生の言葉を借りれば、「2000年頃からグググッとこうした研究に移行した」とのこと。この成果が何に結びつくかというと、幹細胞はいろいろな細胞に分化することができるので、いわゆる“遺伝子改変ニワトリ”をつくることが可能になる。例えばこれまでに、卵の中のアレルゲンを減らす、インフルエンザに抵抗力のある遺伝子をニワトリに持たせるといった研究が進められているという。実現すれば、現代社会を悩ます問題のいくつかが解決へとつながりそうだ。

先生のいまの研究の中心は、ES細胞以外の幹細胞も使いながら「遺伝子の組換え技術」と「ゲノム編集技術」の2つの技術を用いている。力点は後者にある。
 
「広島大学では、理学部の山本卓教授が中心となって、日本のゲノム編集の拠点化を目指しています。私もそのメンバーにも入れていただいていて、ゲノム編集をしたニワトリをつくっていこうとしているところです」と先生。この研究もJST(科学技術振興機構)の産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)に採択されている。

一方の組換え技術では、鳥類のインフルエンザの防御機構を調べているという。「日本で流行る鳥インフルエンザは、韓国で流行しているものが入ってきていて、それを持ち込むのは野鳥ではないかということで調査が行われています。そうしたインフルエンザにニワトリが感染するとほぼ48時間以内に死んでしまうんですが、渡り鳥は死なないものもいる。不思議ですよね。これは『自然宿主』と言って、カモなどの水禽類はインフルエンザに対して抵抗性を持っているんです」と先生。
 
 
  そうした現象にはある遺伝子が関係していることが分かっている。では、その遺伝子をニワトリに持たせたらどうなるか。そうした狙いで農林水産省の委託を受けて取り組んでいるのが、『インフルエンザに対する宿主応答のニワトリのモデル開発』という研究だ。ゲノム編集技術も組換え技術も、「将来的には、ニワトリの品種改良にも役立てたい」と先生は考えている。

さらにもうひとつ、取り組んでいるものに、「プリオン病(CJD=クロイツフェルト・ヤコブ病)に関する研究」が挙げられる。

実は、先生の研究室では、日本でBSE問題が起こる以前からプリオンタンパク質に注目してニワトリの抗体づくりを始めていたという。先生はこれを前任の教授から引き継いで進めている。
 
「一般的な抗体はマウスやウサギでつくられていますが、プリオンタンパク質は哺乳類間では類似性の高さからなかなかいい抗体が取れないんですね。ニワトリでつくった方がよいものがつくれるんです」。

また、「日本では1年間に100万人にひとりがこの病気を発症しています。原因は不明。歳を取ると自然に出てきたりしますし、恐ろしいことに発症から大体2年以内に亡くなるんです」と解説。ニワトリの抗体の特徴を生かして、このプリオン病をできるだけ早期に診断につなげることに役立てたいと望んでいる。
 
 
応用とその後を意識した研究姿勢。
 

  出身は福岡県。昔からいろいろな動物を飼育していた家に育ち、すぐ上のお兄さんは獣医をめざしていたという堀内先生。「そうした兄弟の影響もありますね。また、子どもの頃には、水俣病などの公害が話題になっていたので、環境保全に興味がありました」と幼少期を振り返る。

さらに、先生が影響を受けたモノ・コトのひとつには、『生物科学の奔流』『続・生物科学の奔流』という書籍があるという。そこには、日本を代表する著名な研究者たちが自身の考え方などを述べているのだが、その中に登場する江口吾朗先生は、堀内先生が助手になってすぐの頃、国内留学制度を利用して基礎生物学研究所に学んだときの恩師だ。「この時に多くの研究者と知り合うこともできましたし、ここでの経験がいまの研究にいちばん大きく関わっています」と先生。先生の部屋にはいまもこの江口先生のことばが掲げられている。

改めて、この仕事の醍醐味を聞いてみると、「立てた仮説が実験的に証明されたときが一番うれしい」とのこと。また、今後の目標を尋ねると、「研究成果を社会に貢献できる形で出していくこと」と即答。「これはもう昔から思っていることですね。もちろん、基礎研究の重要性を我々はしっかり認識していますけれども、農学系の学部で研究している我々は、応用に一番近いところにいるということなので、それを意識して研究を続けていきたいと思っています」。『基礎研究』と『応用に結び付く部分』と『世の中に出て行った場合に必要な準備』。この3つを同時並行で進めているというのが、先生の研究のダイアグラムだ。

また、「東広島市で遺伝子の塩基配列を解析する機械をオリジナルで持っているのは私の研究室だけ」と言い、研究環境の充実と学びのレベルの高さについても自負するところだ。

若者に向けてはこうエールを送る。「私の研究室では、たくさんの学部生と大学院生が、勉強と研究に取り組んでいます。成績優秀で真面目な学生が多く、学生間の関係も非常に良好です。ニワトリでも免疫でもゲノム編集でも、興味のある人はぜひ一度、研究室に遊びに来てください。気に入れば、ぜひ入学してもらって、一緒に研究をやりましょう」。
 
堀内 浩幸 教授
ホリウチ ヒロユキ
免疫生物学研究室 教授

1992年1月1日~2002年3月31日 広島大学総合科学部・生物生産学部 助手
2007年4月1日~2010年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 助教
2010年4月1日~2012年4月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2012年5月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授

2017年5月19日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦