堀 貫治 教授に聞きました!
 
近海は未開拓の生物資源の宝庫。とりわけ海藻は生化学・医薬・健康機能素材のソースとして有用性の非常に高い海洋生物である。海とともに暮らす人間の叡智を駆使し有効活用への道を拓いていこう。
 
海藻の知られざる可能性に着目。世界で最も進んだ藻類レクチンの研究がここに。
 
写真   堀先生の代表的な研究のひとつが『藻類レクチンの探索と活用技術の開発』だ。先生がこの研究を始めた背景には、海藻タンパク質の利用例が少なく、さらに藻類レクチン("レクチン"は細胞表面や細胞質、体液中に存在する糖構造を特異的に認識し結合するタンパク質の総称)の研究例は皆無に近かったことがあるという。

「海藻にはさまざまな種類があり、食料や飼料、肥料として利用されるほか、その成分は多方面で活用されています。炭水化物は寒天やアルギン酸、フコイダンなどとして、ミネラルは鉄分やヨウ素などの補給源として使われていますね。また、低分子化合物としては、昆布だしのうま味成分がアミノ酸のグルタミン酸ナトリウムであることは良く知られており、味の素の源になりました。
しかし、代表的な成分のひとつであるタンパク質については当時、活用例は非常に少なく、特に藻類レクチンの研究例はほぼ皆無でした。海藻からタンパク質を抽出する過程で、寒天などの粘性の高い多糖成分が入っていると固まってしまい、抽出が困難だったことも海藻タンパク質研究が遅れていた一因でした。その後、抽出法を工夫して、いまではたくさんのレクチンタンパク質を精製できるようになりました」と堀先生。その研究成果の一端としてこんな数値が挙げられる。

これまで約400種の藻類が検索され、その約60%にあたる240種ほどがレクチンを含んでいるとの報告例があるなか、堀先生のもとでは38種の海藻からのべ64種類のレクチンの単離(=精製)と27種レクチンの一次構造、3種レクチンの三次構造(共同研究による)、50種レクチンの遺伝子構造を明らかにしている。堀先生によれば、「これほどの数の藻類レクチンを保有しているのは世界でもここだけ」とのこと。そして、レクチンの糖鎖結合性や生物活性を詳細に調べていくことで、藻類レクチンの特徴、すなわち応用特性が判明した。
 
藻類レクチンの特徴の解明から見えてくるもの。研究の先にある目標とは。
 
堀先生がこれまでに解明した藻類レクチンの特徴は、大きく分けて、 ①糖鎖認識の新規性②分子構造の新規性③生物活性の多様性、の3点である。

まず①について。これは、藻類レクチンは特定の糖鎖構造に対して極めて高選択的かつ高親和性の結合をするということである。「哺乳類のタンパク質の50%以上には糖が付いており、糖部分はたいへん重要な役割を担っています。その糖タンパク質の糖構造は【複合型】、【高マンノース型】、【混成型】糖鎖に大別されます。藻類レクチンはこうした糖鎖構造を認識し、特定の糖鎖を選んで強力にくっつくんですね。特に、高マンノース型糖鎖に対して特異的なレクチンというのが30種くらいあることが分かっています。これらは認識部位と一次構造の違いにより4つのタイプに分類されることも分かりました」(堀先生)。

次に②について。これは、藻類レクチンのほとんどは低分子量の単量体であり
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、既知のタンパク質とは異なるアミノ酸配列をもち、強耐熱性の新規レクチン群を形成するということである。

さらに③については、種々細胞の凝集やリンパ球分裂促進、腫瘍細胞増殖抑制、抗ウイルス、抗菌、血小板凝集阻害、抗血液凝固、血管新生阻害、食中毒菌結合性などの多様な生物活性を見出しているとのこと。

「こうした特徴が何を意味しているかというと、生化学・臨床・環境生態試薬、あるいは医薬や機能性食品素材としての応用が期待できるということなんです。 すでに一部は、さまざまな大学の医学部・理学部の先生方や研究機関とも共同研究を進めていますし、今後は企業等との共同開発事業などもさらに意欲的に進めていきたいですね。私どもの研究はあくまでも応用学ですから、"何かの役に立つべきもの"なんです。こうしたことから、私たちの研究成果が広く応用され、さまざまな分野で実用化されていくことをめざしているんですよ」と堀先生は語る。
 
藻類レクチンは暮らしにどのように活かされるのか。これからの応用例を考える。
 
写真   さらに具体的に藻類レクチンの応用例をみていこう。

1つ目は糖鎖構造識別用の「藻類レクチンチップ」の開発。これは認識糖鎖構造の異なる多種類の藻類レクチンを探索・調製し、一定の面積に固定したものをセンサーとして活用するものだ。

2つ目は「臨床診断薬」としての開発。細菌種別マーカーや疾病マーカー検出試薬として早期診断を可能にする。

3つ目は「生化学試薬」としての開発。例としては、精製が困難であったニワトリ型モノクローナル抗体の簡易精製に極めて有効なものを探索している(特許取得)。
4つ目は「医薬素材」としての開発。例えば抗ウイルス剤(HIV-1、インフルエンザウイルスなど)や抗ガン剤としての活用。感染を阻止したり、ガン細胞のみに薬を運ぶデリバリーシステムの運び屋として応用するなど、いま最も注目されている応用例である。

5つ目は「健康食品素材」としての開発。経口投与により初期大腸がんの発現予防に有効な藻類レクチンを探索済みだ。

6つ目は「有用海藻の養殖技術」の開発。これは資源開発並びに環境保全にも有効である。「可能性は今後も拡がっていくはず。研究はまだまだ続きます」(堀先生)。
海洋立国推進功労者賞
有用レクチンを含む食用海藻の例
 
堀 貫治 教授

ホリ カンジ
国立大学法人 広島大学大学院 海洋生物資源化学研究室 教授

1976年 東京大学大学院農学系研究科博士課程中退
2000年4月1日  広島大学 教授

2012年9月4日掲載

人間と自然の調和的共存への挑戦