平山 真 講師に聞きました!
 
藻類の持つレクチン研究において
世界の最先端を歩む研究室がここにある。
糖鎖と強力に結びつく藻類レクチンを活用すれば、
人類の健康の維持・増進にも大きな可能性が拓けるはずだ。
そんな信念のもと、さらなる探索が続いていく。
 
藻類レクチンの最先端研究拠点で、さらなるレクチン研究を進める。
 
広島大学には世界一を誇る藻類レクチンライブラリーがある。これは、平山先生が所属する海洋生物資源化学研究室で、現特任教授の堀貫治先生が端緒を開いた藻類レクチン研究成果の一端だ。

レクチンとは、細胞表面や細胞質、体液中に存在する糖鎖を認識し結合するタンパク質の総称で、ウイルスからヒトまで、すべての生物がレクチンを持っている。ここで糖鎖は、その名の通り、糖が鎖のように連なった物質で、主にレクチンと協働して、感染、免疫、受精、転移といったさまざまな生理現象において重要な役割を果たしている。平山先生は、感染を例に、この両者の働きを次のように解説する。
 
「例えば、インフルエンザウイルスは、ヒトの細胞の表面にある糖鎖に結合して感染します。つまり、ウイルスはこの糖鎖を感染の足掛かりとするためにレクチンを使っているんですね。近年猛威をふるっている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質もレクチン様機能をもち、主要な受容体であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に加えて、宿主細胞の糖鎖を認識して結合することが知られています。また、我々の体内には、これらウイルスを含む病原体表面の糖鎖に結合するレクチンの働きにより、病原体を凝集させたり、食細胞による貪食を促進したりすることで感染を抑える、自然免疫システムが存在しています」。

このように、レクチンと糖鎖には密接な関係があり、複雑な構造をもつ糖鎖を認識するレクチンの働きは、極めて重要と言わざるを得ない。レクチンにもさまざまなものがある中で、なぜ藻類レクチンなのかと言えば、マメ科などの高等植物由来のレクチンの場合はさまざまな糖鎖を認識して結合してしまうのに対して、藻類レクチンは、特定の糖鎖構造に選択的かつ強力に結合するという特性を持っているからである。
 
 
「堀先生は、研究例がほとんどなかった藻類レクチンの持つ糖鎖結合性を詳細に調べて、藻類レクチンの特徴と応用特性を明らかにされてきました。私は堀先生とともに、藻類レクチン分野をさらに発展させるべく研究を進めています」と平山先生。

現在、タンパク質レベル、遺伝子レベルを含めて70種類を超える海藻レクチンの単離に成功し、その組換え体も40種類以上を見出しているといい、これほど多くの藻類レクチンを保有しているところは、世界中を探しても他にない。まさに世界随一のライブラリーを誇っている。
 
応用を視野に研究や実験を拡大。医療分野にさまざまな可能性。
 
先生たちの研究の究極の目標は、藻類レクチンを応用利用することにある。例えば、どのような応用が考えられるのか。特に医療面への応用は大いに期待できると先生は言う。

「“高マンノース型”と呼ばれる糖鎖に特異的な藻類レクチンというのもたくさん見つかっています。例えば、インフルエンザウイルスや、新型コロナウイルスなどのエンベロープウイルスは、表面にある突起状のスパイクタンパク質が高マンノース型糖鎖で覆われているので、そこに高マンノース型糖鎖に結合する藻類レクチンを使えば、結合して、感染を阻害する、あるいはウイルスを検出するといったことが可能だと考えています」と先生。こうした応用は、同様の糖鎖を持つヘルペスやエボラ出血熱、デング熱などの原因ウイルスや、HIVにも有効と考えられるが、創薬まではまだ道半ばとのこと。
 
 
  それでも、「がんやアルツハイマー病など糖鎖が直接的・間接的に関係する疾病はたくさんありますから、藻類レクチンの特異性の高さを生かした診断デバイスの開発などは決して夢ではありません。今後、レクチンライブラリーを増やしていけば、いろいろなところで、私たちが見出したレクチンが貢献できる可能性が広がっていくでしょう」と期待を込める。

現在、実用化まであと一歩というものもある。それが、「ウイルストラップデバイス」の開発だ。その仕組みはこうだ。円筒状のデバイスに大小の穴が開いた多孔質シリカゲルを詰め、その表面に高マンノース型糖鎖に結合する藻類レクチンを固定化する。ここに血液を通すと、血球は大きい穴を素通りし、血球よりも小さいウイルス粒子は小さい穴に入り込んでレクチンにトラップされ、ウイルスが除去されたキレイな血液となって出て行く、というものだ。実際にHIV-1というエイズウイルスの一種を通液したところ、99.9%以上のウイルスをトラップすることに成功。さらに最近、このデバイスが新型コロナウイルスもトラップすることを確認した。実用化に向け、さらなる研究を重ねているという。
 
新しいレクチン発見への挑戦は続く。大切なのは、イメージすること。
 

  さらに、経口摂取の可能性もある。この分野で、先生が注目しているのが、刺身のつまや海藻サラダに入っているトサカノリという紅藻の一種だ。
「トサカノリのレクチンは、消化酵素耐性が非常に強いんです。人工胃液や人工腸液、その他タンパク質分解酵素類を使って、試験管内で分解されるかどうかという実験をやったところ、対照実験に用いた他のレクチンは時間の経過に伴って分解されてしまうのに対して、トサカノリレクチンはほとんど分解されないんですね」。
つまり、食べれば、活性を維持したまま腸まで届く可能性があるのだ。
また、大腸がん由来の培養細胞に対しても強い増殖阻害作用があることが分かっているため、大腸がんに対する抗腫瘍効果なども期待されるとのこと。
「このトサカノリのレクチンというのは、私が広島大学に赴任後に、藻体を海に取りに行くところからずっと面倒を見ている初めてのもの。大好きなレクチンなんです」とほほ笑む。

この他にも、これまで見つかっている藻類レクチンは、紅藻と緑藻ばかりで、褐藻からはまったく見つかっていないが、ゲノムプロジェクトで分かった配列から発見したレクチンの遺伝子を使って、褐藻レクチンの発見に挑むなど、分子レベル、遺伝子組換え技術などを駆使して、これからもさまざまな挑戦を続けていくという。

この研究の醍醐味については、「想像したとおりの結果が出たらうれしいですし、想像していなかった結果が出たときもまたやっぱりおもしろいです。特に、自分たちが海から採集してきた海藻から今までにない性質を示すレクチンが得られたとき、またレクチンが結合する糖鎖構造の詳細が明らかになったときが最も快感かもしれません」と話す平山先生。

学生に向けても、「イメージをしなさい」とよく言うのだそう。「言葉で覚えるな。イメージを膨らませて」と指導する背景には、こんな想いがある。
「出来るだけ詳細にイメージするトレーニングを習慣化しておけば、実験の結果を考察するためにどのような分子がどのように働いているかを考えたとき、イメージできないこと、霞がかかっている部分があると気持ち悪く感じるようになります。その気持ち悪さは、自ら文献調査を行うモチベーションとなり、それが解消されると快感さえ得られます。また調べてみて、教科書や文献にも載っていないのであれば、それは自身の研究で明らかにしなくてはいけない重要なことなのだと気付くことができ、新たな研究ターゲットの発見に繋がります。そもそも、イメージトレーニングにより得られる想像力は、なんにでも使えると思いますね。研究だけじゃなくて、社会に出たとしても。何かを判断するときの力の醸成にも大いに役立つと確信しています」。

イメージできないことをそのままにせずはっきりさせる。平山先生にとって研究はその繰り返しなのだ。
 

 
平山 真 講師
ヒラマヤ マコト
海洋生物資源化学研究室 講師

2005年4月1日~2006年3月31日 日本学術振興会 東京大学大学院 農学生命科学研究科 特別研究員(DC2)
2006年4月1日~2007年3月31日 日本学術振興会 東京大学大学院 農学生命科学研究科 特別研究員(PD)
2007年4月1日~2008年10月31日 日本学術振興会 東京大学大学院 新領域創成科学研究科(2007.4.1~2007.8.31)
/スタンフォード大学 ホプキンスマリンステーション(2007.9.1~2008.10.31)特別研究員(PD)
2008年11月1日~2016年3月31日 広島大学大学院 生物圏科学研究科 助教
2016年4月1日~2019年3月31日 広島大学大学院 生物圏科学研究科 講師
2019年4月1日~ 広島大学大学院 統合生命科学研究科 講師

2023年9月14日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦