矢中 規之 教授に聞きました!
 
健康志向の高まりとともに、食品の機能性に注目が集まるようになった現代。肥満や病気はどのようにして起こるのか。食品成分の体内での働きの解明に分子、遺伝子レベルで挑戦する。
 
食品と健康の関連性を分子および遺伝子レベルで研究。
 
矢中先生が専門とするのは、「食品栄養機能学」という分野である。これは、食品の持つ栄養素や成分の、生理的な機能や作用を解明しようというものだ。

矢中先生の研究の中心となるのは、大きく2つ。
1つは、生活習慣病の発症と食品の生理機能との関係性の解明。もう1つは、新たなコンセプトを持った食品の開発だ。

「例えば、なんらかの食品や栄養素が不足した場合に病気になってしまうということがある。そのメカニズムはどうなっているのか、食品と病気との関係性というものを解明していこうとしています」と矢中先生。
 
矢中先生は、「コリン」という栄養素を例に、次のように解説する。
「コリンという栄養素は、通常は卵から多く摂取します。卵に含まれるレシチンという成分にコリンが含まれているんですね。レシチンの正式名称はホスファチジルコリンです」。

このコリンは海外ではビタミンのひとつとされており、必須栄養素なのだが、先進国では摂取量が不足しているという。
「コリンは脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの材料。アルツハイマー型認知症になると、このアセチルコリンの減少が見られることが知られています。また、最近増えているNASH(非アルコール性脂肪肝炎)にも、コリンの不足が関係していると言われているんですよ」。
 
 
そこで、矢中先生の研究室では、コリンが不足すると、身体にどのような変化が起きるのかを調べるとともに、どんな食品から摂取することができ、どういう形でコリンを摂取するのが良いかということも研究している。
ここで利用されるのが、『ゲノム編集法』である。

「『ゲノム編集法』を利用して、コリンを食事から抜いたときに動物がどうなるかという変化を見ていくんですが、普通に食事から抜いただけだと、身体の中で同時並行でいろいろなことが起こるんですよ。例えば、肝臓が悪くなったり、筋肉の機能が落ちたり、脳が認知症になったりしてしまう。そうすると、最初がどれで、次に影響が出たのがどれなのかということもよく分からない。そこで、遺伝子操作によって、肝臓だけで、あるいは筋肉だけでコリンを失わせるといったことをおこなって、そうした特別なネズミをつくっているんです」。

このような手法を取ることによって、細胞のレベルで、その栄養素がないときに、どんな変化が出るのかというところまでが詳細に分かるのだという。
 
腎臓病の初期病変を体外から観察できる遺伝子改変マウスの作製に成功。
 
 
前述のような研究を進めていくなかで、矢中先生が見出したのは、新しい食品機能の評価法であった。

『腎臓病の初期病変を体外から観察できる遺伝子改変マウスの作製に成功』 ――このTopic は先ごろ、世界初となる研究成果として、国内外を駆け巡った(※)。

その詳細は、こうである。
まず、腎臓病の初期に化学発光がおこなわれるような遺伝子改変マウスを作製する。このマウスに、腎炎を誘発するアデニンを含んだエサを与えていくと、やがて腎炎を発症する。すると、マウスの腎臓部分が発光するので、このマウスをそのまま、高感度なイメージング機器にセットし、背部からカメラ撮影をおこなうことで、腎臓の病変部分を体外から観察することができるという仕組みだ。

矢中先生の実験では、機能性食品素材として期待されている糖転移ヘスペリジンの摂取によって、腎炎の発症が抑制できるかどうかを1週間という短期間で確認できたという。つまり、食品の持つ新しい機能が有効かそうでないかを速やかに評価できる方法であることが確かめられた訳だ。
 
  さらに、この方法には、いくつものメリットがあると矢中先生は言う。
「病気の予兆をつかんだ後、1週間、ある食品素材を摂取させると、その病気が抑制されることが分かった。ということは、この食品素材は腎臓病を予防できるのではないかという提案ができることとなる。ぼくたちは、新しい食品の働きというものを提案していくことを目指していますので、こうした評価法によって、『研究がスピードアップしていく』というのがまずあります。
また、『体外から観察できる』ということは、同じマウスを継続してモニターできるということなんですよね。従来の動物実験では、腎臓を取り出して調べるので、病気の進行具合を見るために、多くの動物を犠牲にします。その点でも、この方法だと、実験動物を大きく減らすことができるんです」。

この遺伝子改変マウスの作製には、アデニンを含むエサで誘発する腎炎の発症時に腎臓で鋭敏に発現が上昇するSaa3(Serum amyloid A3)遺伝子のスイッチオン・オフ機能が利用されている。このSaa3遺伝子のスイッチは、大腸炎や皮膚炎といった他の炎症性疾患でも入るため、今後は腎炎はもちろんのこと、それらの疾患を対象とした研究への応用も大いに期待できるという。
 
地元とも学生さんとも、一緒に、楽しく、おもしろいものを見つけたい。
 
もうひとつ、矢中先生が研究で力を入れているのは、『地域とのつながり』である。「地域の方々から、『こういう食品素材を何かに生かせないか」というお話をうかがう機会が結構あるんですね。それで、新しい食品素材を提案しながら、商品開発等のお手伝いができたらいいなと思って、そうした研究もしています。広島県の地元の食品素材を、身体にいいんだよということを宣伝しながら、それらを使った商品をつくっていく。そういう地域密着型の研究ですね」。

その一例が、『はっさく』関連の商品開発だ。広島県はかんきつの産地のため、その中から、特に身体に良いものをしっかり探し、『はっさく』が身体にいいということを提案。その後、地元の食品メーカー数社の協力も得て、はっさく菓子『せとこまち』や『はっさくマーマレード』を開発し、いまでは一般に販売されて好評を得ているという。
 

 
このように、さまざまな研究に取り組んでいる矢中先生だが、広島大学に赴任する前は、製薬会社に約10年勤務した経験を持つ。
「農学部出身で、当時は微生物の力を使って有用なものをつくるというような研究をしていました。その関係で製薬会社に入ったんですが、入社した頃からその製薬会社では、そうした微生物の研究はやらないという方針になってしまって。なんのために入ったんだろうと思いましたけど、そこからは猛勉強して、新しいコンセプトで薬をつくり出すというということをやっていましたね」。

そのため、いまは研究対象が薬から食品に替わったものの、病気や身体との関わりを追求するスタイルは同じだ。
そんな矢中先生の研究の醍醐味は、「ささやかでも、いいものを見つけたねと評価されること」であり、「やりがいを持って、おもしろいものを学生さんと一緒に見つけること」であると矢中先生は言う。
「地域密着の研究もしかりですが、やはり、おもしろいとかうれしいという感情を誰かと共有できることですね」。
 
そして、矢中先生はこれからも、世の中にまだ知られていない食品素材の機能・効能を探していくとのこと。目標は、「仲良く、楽しい仕事をすること」だ。

最後に、研究者を目指す若者に向けて、こんなメッセージを贈る。
「みなさんにはどうか、最初からダメだと諦めずに、何事も挑戦して欲しいと思います。解けないことは素晴らしいこと。そこには、まだ知らない世界があるという風に思って欲しいですね。例えば、テスト問題は、解けるものから着手して、解けないような難しいものには手をつけなかったりする。効率はそのほうが良いのでしょうけれど、これが研究となると、そういう姿勢は致命傷になるように思います。これまではパスしていたような道へ、もし行ってみたら、なんだか新しい景色に出会えるかもしれないし、新しい発見になるかもしれない。そんな風に挑戦する気持ちを持って、ぜひ、うちの研究室に進んで来てください」。
 

 
※この研究は、矢中先生と重井医学研究所およびオランダのラドバウド大学の共同研究によるもの。英国科学誌「Scientific Reports」にオンライン公開もされた。
 
矢中 規之 教授
ヤナカ ノリユキ
分子栄養学研究室 教授

1991年4月7日~2001年11月30日 田辺製薬(現 田辺三菱製薬) 創薬研究所 研究員
2001年12月1日~2002年3月31日 広島大学 生物生産学部 准教授
2002年4月1日~2019年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2019年4月1日~2020年3月31日 広島大学大学院統合生命科学研究科 准教授
2020年4月1日~ 広島大学大学院統合生命科学研究科 教授

2019年12月6日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦