若林 香織 准教授に聞きました!
 
はじまりは、ダイバーから寄せられた質問。見たこともない不思議なその写真は、クラゲの上に小さなエビが乗った姿だった。以降、これまで誰も成功していない大型のエビの生活史の解明と養殖技術の確立に挑んでいる。
 
世界で最も高価な水産資源のひとつであるイセエビ・セミエビ類の養殖への挑戦。。
 
  若林先生がいま力を入れているのは、エビの仲間のひとつ、イセエビ・セミエビ類の養殖に向けた研究だ。先生は、「その中のひとつ、高級食材として知られるイセエビは、実は、養殖技術が確立されておらず、100%自然の力に頼っているんです」と語り、「養殖の技術を少しでも発展させて、自分たちが食べる分は自分たちでつくれるようにしたい」と、基礎的な研究を進めているという。

スーパーなどで見かけるブラックタイガーやバナメイエビなどは、1990年代に商業レベルでの養殖技術が確立し、タイ、ベトナム、インドネシア等で広く養殖されて日本に入ってくるが、イセエビ・セミエビ類の養殖はまだこれからの課題である。
 
若林先生によれば、こうしたエビ類の養殖に関する研究には、100年以上の歴史があり、先人たちが多くのエネルギーとコストをかけて挑んできた分野とのこと。それでも実用的な成果が得られていないため、いまでは無謀で困難なチャレンジとして、研究するひとが非常に少ない、希少な研究であるという。

「エビ類の赤ちゃんを『稚エビ』、その前の段階を『幼生』と呼ぶんですが、その幼生の段階の飼育が難しいんですね。そのため、エサや水のことなど、いろいろな要因を明らかにして、さらに改善しながら、なるべく効率的にたくさん稚エビをつくろうというのが、いまやっている研究です」。

最終的には、社会的に実装できるレベルにまで高めていくことがこの研究の目標。研究対象は主に、イセエビ類の仲間にあたるウチワエビだ。

「ウチワエビは幼生の飼育が比較的容易なので、ウチワエビをモデルに、まず技術的なところを整えて、非常に難しいと言われているイセエビやセミエビにも、分かったことを応用することで、道筋がつくのではないか。そういう戦略で、ウチワエビを使ってます」。
 
 
ジェリーフィッシュライダーに魅せられて。それはウチワエビの驚きの生態だった。
 
  この研究のきっかけとなったのは、ある水中写真家から寄せられた問い合わせだった。
「それは、クラゲに乗ったセミエビ科の、フィロゾーマと呼ばれる幼生の姿でした。ダイバー達からは、『ジェリーフィッシュライダー』とか、『クラゲライダー』などと呼ばれているものでしたが、当時の指導教員がこれに着目してプロジェクト化し、こうしたエビの生態学的な意義を探す研究が始まりました。研究員としてそのプロジェクトをお手伝いするようになったのが、この研究の端緒です」。

そのプロジェクトが終了したのちも、若林先生はその研究を継続。調べていくと、さまざまなことが分かってきたという。
 
「世界で初めて、ウチワエビの幼生がクラゲに乗っているところが海の中で見つかったのは1963年のこと。でもそのときには、なぜそんなことをしているのかが分からなかったんですが、わたしたちは、ウチワエビがクラゲを食べているのを確かめるために、実際に水槽の中に両方を入れてみたんです。すると、ものすごい勢いで食べたんですね」。
そうした様子を初めて観察できた若林先生の研究グループは、これを養殖に生かせるのでは?と考え、そこから、養殖に向けた研究をスタート。さらに、どんなクラゲがいいのかを調べようと、いろいろな種類のクラゲを入れてみたところ、「クラゲなら何でも食べる」という結果に。また、卵からふ化した直後の幼生から、変態して着底した稚エビになるまでのすべての期間をクラゲだけで飼育できるかというテストも実施したところ、それも可能であると分かった。
 
 
  どんなクラゲでも栄養にしてちゃんと育つかどうかはまだ検証できていないものの、大量発生で漁業関係者を悩ませるクラゲをエビの養殖に活用することも視野に、クラゲの飼料化に向けた研究も行っているという。

「例の乗っかっている状態は、つまり、エビとクラゲが共生しているということで、わたしたちの興味はそこにもあります。海洋生物学の基礎研究が水産養殖学的な研究や技術開発に発展し得るところに、この研究の大きな特徴があると思っています」と若林先生。
「自然現象の理由、意義付けをすることで、技術は開発できると思うんですね。つまり、ウチワエビがクラゲを利用する本当の理由や仕組みが分かれば、おのずと養殖技術は開発できるはず」と期待を込める。
 
共同研究や図鑑づくりにも精力的に取り組む。興味があることは迷わずトライ!
 

  若林先生の希少な研究は、多くの関心を集めており、国内外でいくつもの共同研究も進行している。ひとつは、研究の第一歩となった東京海洋大学のプロジェクトの一環として、ベトナム政府と共に行われているもの。また、台湾での共同研究では、台湾で初めて稚エビをつくることに成功し、大きく報道されたという。

そのほかにも、若林先生は、前述の水中写真家と共に図鑑づくりにも挑み、『美しい海の浮遊生物図鑑』を上梓。浮遊生物の生態写真だけを集めた図鑑は世界で初めてのことだ。

こうした研究のおもしろさについて、若林先生はこのように話す。
「自分たちの生活に関わることを、生き物の生活から教えてもらったり、それを応用して、自分たちの生活に利用したり。そうした農学ならではの研究ができるところが、ひとつ、おもしろみかなと思っています。生き物を純粋に研究しているときももちろん、おもしろいんですが、技術確立とか社会実装といった別の視点での研究もできるというところですね」。

そして、こうした研究のおもしろさに触れて欲しいと、若者たちには、「ちょっとでも興味があると思ったことは、迷わずやってみましょう」とアドバイスを送る。

「生物生産学部では、3年生の後期に研究室に配属されるんですが、もしちょっとでも興味があると思えば、それまで待つ必要はなくて、見に来るだけでも来てみたらいいですよ。それは、学部の1~2年生であっても、高校生であっても、小学生であっても構いません。実際に見てみると、もっと興味を持つかもしれないし、ちょっと思ってたのと違うと思うかもしれない。そうやって実際に来てくれたことから、クラゲに興味を持った学生もいます。年齢も性別もまったく関係なく、自分の気持ちと努力があれば勝負できるというのが学問の魅力のひとつですからね」と若林先生。

「好奇心たっぷりの来訪者は、いつでも歓迎しますよ!」
 
若林 香織 准教授
ワカバヤシ カオリ
水産増殖学研究室 准教授

2009年10月1日~2013年3月31日 東京海洋大学海洋科学部 博士研究員
2013年4月1日~2015年6月30日 東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科 日本学術振興会 特別研究員
2014年7月1日~2015年12月31日 カーティン大学環境農学研究科 客員研究員
2015年7月1日~ 2019年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 助教
2019年4月1日~ 広島大学大学院統合生命科学研究科 准教授

2020年1月14日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦