小池 一彦 教授に聞きました!
 
近頃、世界各地で海が大きく変わりつつある。何が起きているのか、何が原因なのか、現場に足を運び、ミクロな視点から大きな海洋変動を捉える。人類のために豊かな海を残したい。
 
豊かな海をもう一度。そのカギは植物プランクトンにある。
 
  大きく変わりつつある日本の海。瀬戸内海をはじめとする各地で漁獲量が減り、沖縄ではサンゴ礁が急激に失われつつある。小池先生は、そうした大きな海洋の環境変動を、単細胞性藻類(植物プランクトン)の視点から研究している。

植物プランクトンは指数的に増殖し、いろいろな有用成分をつくることから、健康食品や燃料源として注目されている。しかし、その最も重要な役割は、海洋生態系における食物連鎖の起点であるということだ。

「良質な植物プランクトンがたくさんいて増えている海は、魚が多く獲れる『豊かな海』。豊かな海の代表格と言えるサンゴ礁も、その豊かさを握るのは植物プランクトンなんですよ」と小池先生。近年、地球規模で問題になっている「サンゴの白化」もサンゴに共生する褐虫藻が関係しており、これも先生の研究対象となっている。
 
先生がこうした研究をするようになった最初のきっかけは、沖縄の海だ。

「高校生の頃にスキューバダイビングを始めて、大学生のときには休みのほとんどを沖縄でのアルバイト(+ダイビング)に費やしていました。その頃の沖縄の海は本当に豊かなサンゴ礁が広がっていましたね」。その後、1990年あたりを境にサンゴ礁がどんどん減っていったことから、先生はまず、共生する褐虫藻の視点からサンゴの白化に関する研究をスタート。さらに、前任地が漁業の盛んな岩手県であったことから、漁業の衰退にも危機感を持つようになった先生は、広島大学に赴任後、瀬戸内海の現状を見て、その衰退を確信したという。「いまでは瀬戸内海がわたしのメインフィールド。ここで、植物プランクトンの視点から、『豊かな海の再生』を目指します」。
 
 
海の改善に資する行動は海外にも波及。漁業者ともタッグ。
 
  先生のこうした研究は、地道に長期間取り組んでいく必要がある。しかし、原因がわかるだけでは近い将来、瀬戸内海から漁業がなくなってしまうであろうと危惧する先生は、「やれることからやろう!」と考え、いくつかの具体策を展開している。

そのひとつは「海底耕耘(こううん)」。海底を耕して堆積物を撹拌し、良質な植物プランクトンの発芽を促すと期待されるもので、先生はこれを漁業者と共同で実施している。また、有害なプランクトンの増殖を予測する手法もさまざまに取り入れ、実用化を図っている。なかでも、先生の研究室で開発された「赤潮予測手法」は、いくつもの県で活用されており、赤潮による養殖魚の大量死被害の低減に役立てられているという。
 
植物プランクトンの研究はさらに、東南アジア各地でも行われている。先生は過去5年間にわたり、ミャンマーにおいて、世界初となる沿岸環境と海洋生産の調査研究を実施。その結果、これまで豊かであると思われてきたミャンマー沿岸は、実は過剰な森林開発が原因で、海に濁流が流れ込み、その影響で、植物プランクトンの光合成に必要な光が遮られ、海洋の生産性が低下しているという懸念が浮かび上がった。
この研究成果に基づいて、今年から開始されたのが、環境に優しい二枚貝養殖事業だ。これは、広島大学・日本の政府系研究法人と、ミャンマーの政府・大学による共同事業として行われる。

一方、褐虫藻の研究については、欧米諸国で注目度が高いとのこと。というのも、サンゴの白化はカリブ海やオーストラリアで深刻な問題となっているからだ。「サンゴがどうして褐虫藻を排出するのか、その機構を米国の雑誌に発表したときには、大きな反響を呼びました」と先生。
 
 
  それによると、もともとサンゴには、体内で褐虫藻を消化、排出する機構が備わっているのだが、水温上昇によって増加した褐虫藻に対して、サンゴの消化が追いつかなくなり、弱った褐虫藻をそのままの形で排出するようになる。

「これは白化につながるシグナルと言えるもの。サンゴも懸命に対応しようとしているんです」。

この研究にはさらなる成果があった。それは、サンゴと同様に褐虫藻を共生させるシャコガイの増殖手法に革新をもたらしたことだ。「これまでは稚貝に褐虫藻を人為感染させることが難しかったんですが、我々の研究成果を活用し、稚貝の成長ステージに適したタイプの褐虫藻を感染させることで、稚貝の生残率を著しく向上させることにつながったんです」。
 
サンプリングと啓発活動に喜びを実感。いずれは軸足を東南アジアへ。
 

  海に出かけるのが大好きな先生は、「学生と一緒にサンプリングするのがいちばんの醍醐味」と微笑む。「そこで海の危機を拾い上げ、現地の方々と協働しながら、その危機を軽減できれば、これに勝る喜びはありません」。

また、研究に努めるかたわら、植物プランクトンの重要性を説く活動にも力を入れているという。「漁業者や子ども達に向けて、分かりやすく研究の成果を還元するという努力を重ねています」。

そして、今後の展望としては、「瀬戸内からいずれは東南アジアへと研究拠点を本格的に移していきたい」と語る。

「彼の地には、豊かなサンゴ礁とマングローブ林が広がっています。しかしこれらは急速に減少していて、プランテーション作物で占められた山から雨季には泥水が一気に海に流れ込んで、沿岸の海は味噌汁のような泥水の状態。これらのことが、サンゴの死滅だけでなく、植物プランクトン生産量の減少と漁業不振をもたらします。まずは、現状を調査し、そのデータをもって彼の国々の社会に危機感を持ってもらいたい。そうした国々の子ども達への教育も大変重要で、自国の誇るべき海洋環境をまずは認識してもらいたいですね。さらには、プランテーションでつくられるパームオイルの消費国・日本の皆さんにも、こうした現状をもっと知ってもらいたいものです」。

最後に、研究者を目指す皆さんに向けては、次のようなことばを贈る。
「私は“なりたい”という強い意志で研究者になったのではなく、海で好きなことをやっていて、その現状を知るにつれ危機感を募らせた挙げ句、“気がついたらなっていた”研究者です。そんな私が思う研究者というのは、『課題を見つけ、その課題解決に向けてモチベーションを募らせ、解決するために、90%の失敗にめげず、地道にこつこつ努力する仕事』だと思います。そこに熱中する過程こそが大事で、この過程が豊かであればあるほど、後の成果は自然についてくるものだと思います。どうか好きなことだけではなく、いろいろな教養や知識を身につけ、柔軟な視点でまわりを見てください。また、現場に直接足を運び、さまざまな人の話に耳を傾けてください。そうすれば、まだ誰も気がついていない課題(宝)が見えてくることでしょう」。
 
小池 一彦 教授
コイケ カズヒコ
海洋生態系評価論研究室 教授

1994年4月1日~2006年12月31日 北里大学水産学部 准教授
2007年1月1日~2016年03月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2016年4月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授

2016年12月13日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦